それからは幸せでした。本当は知っていました。
気がついていたのです。彼の人は私のことを、私が彼の人に寄せる思いと同じ意味で愛してくれてはいないのだと。
ただ私との繋がりを絶つ訳にもいかずに天秤にかけて私に手を差し出したのだと。
私の元に堕ちてきた彼の人を美しく思いました。それと同時に底冷えするような恐怖も抱きました。白い華が黒く染っていく。とても甘美な事だと思いながら本能では怯え嫌悪となって現れました。
耐えきれずに根を上げたのは私でした。
汚れていく彼の人を隣で見ていられませんでした。全てが自分のエゴで始まり私の我儘で終わりました。終わりを告げた時も同様、淡く微笑んでいました。
どこまでも高潔な方でした。
別れたらきっと、もう二度と彼の人に逢えなくなると思いました。いえ、あの人は寛大な人なのです。ですからきっと、私が会いにいけば逢えるのです。きっと、と思いながらもどこか確信していました。
それなのに呼応するように二度と逢えないということも確信していました。
嗚呼、私は、手折ったのです。
浅ましく手を伸ばしてしまったのです。それは決して手折ってはいけない花でした。今更私は、それに気がついたのです。
気づいた時にはもう戻れない状態でした。
唯、木から独立して枝となり新たに寿命を与えられた、そのように一緒にいられる時間を狭めてしまっただけなのです。愚かだったと嘆いても遅すぎるのです。