『右近?右近……!』

(あぁ……そう呼ばれるのは一体いつぶりだろう……)


 目を瞑れば、まるで昨日のことのようにハッキリと浮かび上がる美しい風景。美しい日々。それから美しい人。
 華やかな十二単に身を包んだ芹香は、ただただ幸せそうに笑っていた。
 色んなことが様変わりした現世だが、たった一つ、変わらぬことがあった。


「宮さま……」


 そう、小さく呟きながら、清香はゆっくりと目を開けた。

 目の前には、心配そうに眉を寄せた芹香がいた。目尻に浮かぶ涙のせいだろうか。芹香のシルエットはぼんやりとぼやけている、紺色の制服と、色彩鮮やかな着物がダブって、やがて一つになった。いつも通りの芹香の姿だ。


(何故だろう。頭が妙に柔らかい)


 よく見るとそこはベンチの上で。清香は芹香の膝の上に頭を預け、休んでいた。


「お姉ちゃん……?」

「ご無礼をっ!」


 清香は急いで飛び起きると、驚き戸惑う妹に向かって深々と頭を下げた。隣に腰掛けた東條は驚きに目を見開いている。


「ちょっ……お姉ちゃん?一体どうしちゃったの?」


 困惑しきった芹香の声を聴いて、ようやく清香は我に返った。