「おい清香、主が動いた。ここを出るぞ」


 すっかり過去にトランスしていた清香を、崇臣の言葉が呼び覚ました。


「わっ……!ちょっと!」


 グイッと腕が引かれ、身体が引っ張られる。崇臣に掴まれた部分が、妙に熱く感じられた。


(馬鹿力め)


 無遠慮で不躾な、エスコートとも呼べぬ扱いに、清香は唇を尖らせた。


(大体、行先を把握してたんなら経路も頭に入れておきなさいよ)


 そう言ってやりたい気持ちはあるものの、駅の構内は音が響く。今のところ芹香たちに二人の気配は気取られていないので、下手に喋らない方が得策だろう。


「もう少し距離を取った方が良いな」


 崇臣が声を潜める。清香は声を出さないまま、小さく頷いた。

 気が付けば、清香の腕を掴んでいたはずの崇臣の手は、いつの間にか清香の手のひらへと移動していた。
 昔から崇臣のパーソナルスペースはかなり狭い。そのため、気が付けば頭やら手のひらが触れている、という感じだった。だから、いちいちドキドキしていたら心臓がもたないことは清香も分かっている。けれど身体というのは、常に思った通りの動きをしてくれるわけではないもので。


(なんでもない。なんでもないんだったら……!)


  頭の中で何度もそう言い聞かせながら、清香は浅い呼吸を繰り返した。心臓がザワザワと騒ぎ続ける。動揺を崇臣に気取られぬよう、清香は芹香たちに集中する振りをした。