「何も。通りすがりに知り合いになった……といった所かしら」


 男は怪訝な表情を浮かべながら清香をじっと見た。主がおまえに興味を持つとは思えない、とでも言いたげな顔だ。


「妹が一緒だったのよ。すっごくすっごく可愛い妹が」

「ほぅ……」


 清香の言葉に、男は片方の眉毛を上げた。


「東條さんの目を惹いたのは、私じゃなくて妹の方。きっと近々あなたも会えるわ……賭けても良いわよ」


 ニヤリと清香が笑う。根拠と呼べるものは、清香の前世の記憶だけだ。けれどそれでも、芹香と東條はこれだけでは終わらない。清香にはその自信があった。


「なるほど……ふむ」


 男は顎に指を置き、何事かを思案しているようだ。何とも居心地の悪い沈黙が二人の間に流れる。


(何よ)


 清香が唇を尖らせると、男はやがて、ふぅ、とため息を吐きながら何とも感情の読みづらい表情を浮かべた。


「おまえの妹がどんなであれ、藤野よりはマシかもしれん」

「藤野?」


 清香が首を傾げると、今度は男が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「主と今後も接触を持つなら、すぐにぶち当たる壁だ。……賭けても良い」


 男は清香が浴びせた言葉をそのまま返してきた。随分挑戦的な物言いである。清香はニヤリと笑った。


(そうこなくっちゃ)


 俄に面白味の増した身辺に、清香は血が沸騰するような感覚を覚えた。現世に生を受けてから、初めて得た類いの喜びだった。
 興奮を身体の内側に潜めながら、清香は隣を歩く男をそっと見つめたのだった。