「誰にも言うなよ。……実は、この間、事務所に入ったんだ」
「声優事務所?」
「そう。で、オーディションに送るためのサンプルボイスってやつを()らなきゃいけなくて……その練習」

 なるほど、と私は手を打った。

「さっきのはセリフの練習だったってこと?」
「そう」
「そっか……! すごいじゃん、河村!」

 本音だった。だって河村、普段と全然違ったんだもん。

「一回目に聞いたのと、二回目に聞いたのとで印象が全然違ったもん。すごいよ、河村! オーディションも絶対合格するよ!」

 私はつい、はしゃいでしまう。
 身近な人が、私の大好きな二次元の世界に飛び込んでるんだよ。こんなの、興奮しないわけないじゃない!

 でも……。

 私がそう言うと、河村は疲れたみたいに笑った。

「……いや、無理だよ。このセリフ、これじゃダメなんだ」
「ダメ?」
「そう。今度のオーディションさ、恋愛アプリゲームのやつなんだけど。俺が受ける予定のキャラのイメージがまだつかめてないんだ。だから、なんか上滑(うわすべ)りしてるんだよなあ」