「そうだ。幸運なことに、侯爵側も代替わりと同時の結婚を望んでいる。すぐに屋敷を発つ準備をしなさい」


 上機嫌の父親を前に、イネスは小さくため息を吐く。
 結婚が決まったことは喜ばしい。だが、色んなことが腑に落ちない。


(こんなに早く話がまとまるだなんて、まったく、お父様は一体どんな取引を持ちかけたのかしら?)


 イネスの父親は余程イネスを嫁き遅れにしたくなかったのだろう。
 22歳の新しい侯爵が――――しかも、国の重要都市の領主が立つとなれば、沢山の貴族たちがこぞって動いたに違いない。

 それなのに、イネスの父親は光の速さで縁談をまとめ上げた。この上、あちら側の気が変わらないよう、さっさと式をあげて既成事実を作り上げようとしている。


(きっと、ろくな結婚生活にならないわね)


 もう一度ため息を吐き、イネスは静かに踵を返した。