「おいっ、ミユ」

 背中にボスの怒鳴り声があたった。

「なによ、ボス?」

 ドアのノブから手を離さず、顔をわずかにうしろへ向けて問う。

「『なによ、ボス?』ではないだろう? どこへ行くんだ」
「『どこへ行く』、ですって? そんなこと、きまっているわよ。『三日月亭』と『飛び魚バー』に行くのよ」
「なんだって? あいかわらず真っすぐな単純バカだな。そう先走るな。ジェフとネイサンがしばらく様子を探る。おまえはウインズレット公爵邸でおとなしく待っていろ。ああいう小悪党は、自分がカギまわられていることに気がついたら、すぐにでも雲隠れしてしまう。それに、『三日月亭』や『飛び魚バー』はレディが一人で行くようなところではない。心配するな。ジェロームに話をきくときには、かならずおまえに声をかけるから」