「公爵閣下、わたしは自分の部屋でいただきます」

 当然である。彼の部屋に長居をするわけにはいかないから。

 公爵も不愉快きわまりないに違いない。

 が、わたしの訴えは彼の耳には届かなかったみたい。彼は、こちらに背を向けると大股に歩きだしてしまった。

 その先に、一脚だけ椅子が置いてある。背もたれに彼のものであろう将校服の上着がかかっている。

 どうするのかと彼を見つめていると、その椅子を軽々と持ち上げてこちらに運んで来た。

「ここにはクッションのきいた椅子がない。こんなもので悪いが座るといい」

 彼はわたしの前に椅子を置くと、そう勧めてくれた。

 なに? どうして? これは罠かなにか?

 公爵のその気遣いにさらに動揺してしまった。