──高校2年生の夏。先生は言いました。
「しっかり勉強するように」と。
それから……
「しっかり思い出作れ」と。

来年は3年生だ。高校生活が楽しめるのも今年まで。私たちは先生の言い付けを守る事にした。

課題は一つ。
いかにこの夏休みを楽しむか

それは、私が思うにどう過ごすかが最も大事なのではないか。
誰とどこでもそこそこ大事。
だけど、なにをするかそれだけは譲れない。
なぜなら、もうこれから先、こんなチャンスは二度とこないかもしれないから。
 高校2年の夏休み前のことだった。

いるかいないかわからないくらいの地味な私は、成績が良いってことくらいしか取り柄がない。
それなのに、クラスで一番目立つグループに所属しているのは去年同じクラスだった細川清夏(きよか)が、他に面識のある子がいなかったせいで、仕方なく私に話しかけてきたからだ。
仕方ない感じを顔に出して話しかけてくるから、「声かけてくれてありがとう、細川さんでも、一人よりはマシ」と、言ってしまって……。これだから私は友達が少ないんだと後悔したというのに
清夏も「あ、佐鳥さんそんな感じ?」なんて気にすることもなく、いつの間にか清夏は私のこと「聡子(としこ)」って呼ぶようになった。

その後、クラスでも一際目立つ日野陽太に連れられてやってきたのが松下陽葵(ひまり)
日野くんが面識のある清夏に友達になってやってーみたいな事を言ったんだと思う。
清夏がいなければ、日野くんと話すこともなかっただろうし……松下陽葵は顔も可愛いし派手なタイプで絶対に話すことはなかっただろう。

2年生における高校生活は一気に華やかになってしまった。
日野陽太は暇さえあれば陽葵のところへ来ていたし、日野陽太と仲がいい誉田(ほんだ)昂良《たから》は学年一といってもいいくらいのモテ男。それに、自由人の塔ヶ崎(せん)は珍しい名字から間違いなく……《《あの家》》の息子だろう。1年生とか3年生とか、違う学年の女子も塔ヶ崎くんに会いに来たりしていて、交友関係が謎。
陽葵と清夏といるせいで、私もこの目立って仕方がない男子たちと話すことになった。
ちょっと私だけ浮いてるんじゃないのかと思う。

日野くんが、ここへ来るのは明らかに陽葵への好意へのお手伝いで……陽葵は例に漏れず誉田昂良に熱をあげていた。
でも、日野くんが陽葵を好きなことも明らかで、それがわかってる誉田くんはどうしていいかわからないんだろうなってとこだ。
そして、更にややこしいことに清夏が羨ましそうに陽葵を見ている。
清夏、誉田くんより日野くんの方が好きってよく言っているけど、結構本気なんじゃないかと思う。
そのどれも塔ヶ崎くんはわかってて面白がってるのか、何なのか……

可愛い女子とイケメン男子のグループとあれば、こういうこともあり得るのかと、部外者の私は傍観するしかなかった。

単純に日野くんは愛想が良くて可愛いって思うし、誉田昂良は文句なしにイケメン。
塔ヶ崎くんは綺麗な顔してるな、とは思う。

でも私は……この塔ヶ崎撰が大嫌いだった。
ピリッと胸に引っかかる感情を“嫌い”だと自覚するまで、そんなに時間はかからなかった。なぜ嫌いかというところまで、私ははっきりとわかっていた。
私がずっと頑張ってやってきた部分を、塔ヶ崎撰は一番(ないがし)ろにしているからだ。だから、彼のその自由な行動を見る度に、心がざわざわと苛立つのだ。
「佐鳥、休み時間も勉強してんの? マジ?」
私の中の塾の問題集をサッと取り上げてそう言った塔ヶ崎くんの言葉尻に嘲笑が含まれてる気がして
「返して」すぐに取り返した。
「びっしり書いてんじゃん、すごいね」

ここで場を乱すほど馬鹿じゃない。嫌いなことは悟られないように
「塾の宿題、やり忘れただけだよ」って言うと
「ふーん」と、興味がないのか、はたまた
嘘だと見透かされたのか、その返事にカッと顔が赤く染まるのが自分でわかった。

塔ヶ崎くんのこういうところが本当に嫌い。陽葵と清夏の友達だから話しかけてくるんだろうなってところ。
それから
「あ、次現代文じゃん。だり、帰ろ」
と、躊躇いもなく早退けしたり、遅刻したり。

「高校は、卒業出来たらいいや」なんていつも気だるそうにしてる。

現代文の小林先生はボソボソとまどろっこしい説明を強弱なくひたすらに話す。
退屈で眠たい授業が6時間目にあるとなれば、帰りたいくらいだ。だけど、帰りたいからって、帰っていいものではない。成績に響くし……。先生の覚えも悪くなるし、だいたいサボるなんて、おかしいと思う。
我慢なんてしたことない態度に見ているだけでイライラしてしまう。

噂によると、大学生の彼女がいるとか、いないとか。
夏休みに入る前、先生の言った
「しっかり思い出作れ」という言葉は私の心を震わせた。

一夏(ひとなつ)の思い出が欲しい」
陽葵がそう言うと、私も黙ってられなかった。「……うん、自分が変わるくらいの……」
清夏と陽葵が顔を見合わせるくらい、私がそう言うのは意外だったのだろう。
それに感化されたのか、清夏も
「私も……恋がしたい」と言った。
それを茶化すことは誰にも出来ない空気だった。

「一夏の思い出……」
「作っちゃおうか」
「なんか、響きが卑猥」
うん、派手な陽葵が言うと。さすがに言えないけれど。
「いやいや……でも、そうだね。聡子も清夏も進学でこれから勉強ばっかりになるもんね。この夏が最後のチャンスかもしれない」

そうだ、このままでは私の高校生活は意に添わない勉強だけで終わってしまうことになる。

「私は、誉田くんとデートがしたい。たった一回でいいから」
陽葵が心からそう言った。
「私は、私らしくないことをしたい」
ずっと、頑張ってきたから。一回でいい。

私たちの真剣な表情に
「どした?」と日野くんがやってきて不思議そうにそう尋ねた。
そしたら、清夏がそわそわと落ち着きなさそうに日野くんの事を見ていた。
そんな清夏に、日野くんも陽葵も気づくこともなくやいやい言っていた。
「日野、あんた、夏休み何してんの?」
「あー、ごめん、ひまちゃん、折角のデートのお誘いなんだけど、俺結構忙しくて」
「はあ!? 誘ってない。夏休みに思い出作りたいねーって話してただけ。うんっと一生思い出に残る、そんなやつ」
「ああ、なるほど。アオハル」

「私も夏期講習あるし」全然暇じゃないから私も。
「私も部活」と、清香。
「俺、そういうの面倒臭い」
いつの間にか、そこに塔ヶ崎くんがいて、さもだるそうに言う。そらそうでしょうよ。あんたなんて毎日自由にしたいことしてるでしょうから。今さら望むことなんてないでしょう。

「俺は、やってみたいことがあるから誰かが付き合ってくれると嬉しいな」
そう言ったのは誉田くん。
「ああ、じゃあその誉田のやってみたいことをみんなでやりゃーいんじゃん?」
気だるそうにそう言う塔ヶ崎くんは、結局参加するんだ……。

「誉田くんのしたいことって何?」
清夏はイケメンに塩対応している。

その場にいたみんなが誉田くんに注目したタイミングで誉田くんが口を開く。

「俺は、人が死んだらどうなるか知りたい」

人が死んだら、朽ち果てて、やがて骨になるだろ。骨以降は土に返るんじゃないの。

なんて言うか……この人、喋ると癖が強い。
こうやって特定の人としか話さないから知らない人も多い。私も陽葵と清夏と同じグループじゃなければ、なんてイケメンなのだろう!と、単に思っていたことだろう。
結局、いつも日野くんがうまく場を和ませてくれて、誉田くんもさほど変人扱いされずに済んでいた。

「だな。さ、冗談はさておき、せっかくだからこの6人で思い出つくろうぜ」
日野くんがそう言って、このメンバーで何かをすることは決まった。
ところが、全然みんなと予定が合わない。

……清夏が部活生だったことは、この時に初めて知った。
すると、日野くんが新たな提案をしてきた。

「男女ペアで。男子と女子は求めるものが違うだろ? それでもどちらも満足するように協力する。それでどのペアが一番夏を楽しんだか、新学期に発表しようぜ」
「いいな」
直ぐに誉田くんが同意して、提案はすぐに決定事項へと変わった。

「ペアはどうやって決めるの?」
「クジ!」

日野くんが手際よくその場でクジを用意してくれた。

「レディーファーストで」と、私たちにその紙を渡してくる。
「や、やだよ、男子から!」
って陽葵が言ったら、誉田くんが躊躇うことなく折られた紙を一つ手に取った。
続いて塔ヶ崎くんが一つ、残ったのを日野くんが取った。

三分の一。ペアにならない確率が7割近い。なるわけがない。大丈夫、大丈夫。
どうか、大丈夫ですように!塔ヶ崎くんだけは嫌。そう強く強く願っていたら、私の手元の紙は陽葵に回収されていた。
そして机の上にその開いたクジを並べると、陽葵は「私、1だった~!」と、言った。
「私は3」だ。
恐る恐る、あちらの手元を見る。
「……えーっと……私は……2」最後に、力なく清夏はそう言った。
「じゃあ、俺は細川さんとだ」誉田くんが『2』と書いた紙をピラピラ振ってみせた。

え、嘘……。誰か、嘘だと言って!

「俺、3」塔ヶ崎くんがそう言う。私がひいたの、本当に“3”だったか?往生際悪く、机の上に置かれた数字を見ていた。


その場でペア同士連絡先を交換する。
そして
「じゃあ、9月1日に」と誉田くんが背を向けた。
「どのペアが一番、楽しめるか」日野くんがにっこり笑う。
「へーい」
最後に腹立たしく気の抜けた返事をして塔ヶ崎くんはさっさと教室を後にした。

「じゃあ、ひまちゃん、また連絡するねー!」
ぶんぶんと手を振って日野くんも教室を出る。それに「じゃ」とだけ誉田くんが清夏に言って日野くんに続いて行く。

残った私たちは、それはそれは盛大にため息を吐いたのだった。

「……もうすでに楽しくない」
全然楽しくない、なにこれ。

「日野くんが良かったなあ」と清夏が小さく呟いた。
私たちはそこから会話もなくとぼとぼと教室を出て行った。

会話なんて出来る精神状態ではなかった。
黙ってしまった二人に気を使える状態じゃなかった。もう、なんでぇ?