「ありがとう。でも、迷惑かけてるのはわたしの方だよ」

「迷惑じゃないよ」

「じゃあ迷惑ついでに、ひとつ質問してもいいかな」

彼女はソファーに座り直し、膝の上に両手をそろえた。
貝殻のようにちいさな爪がちょこんと整列する。

「京極くんは、元気がないときはどうしてる? なにしても楽しくなくて、頭になにも入ってこないような、そういうときは」

切羽詰まった口調だった。
僕は少し考える。

「意識的にそうしてたわけじゃないけど、そういうときはキッチンに立って、料理をしてると思う」

「どうして?」

丸い瞳で覗き込まれ、吸い込まれるんじゃないかと思った。
僕はやや視線をそらし、口を開く。

「目の前のものに集中して、包丁の音だけが聞こえて。
そうしていると、ちょうどいいリズムが生まれるっていうのかな……。
なんていうか、自分の中が(から)になるから、だと思う。うまく説明できないけど」

「そっかあ。そういう手もあるんだね」

そう言って小町さんが頷くと同時に、グウウとまるでアニメのような音が響き渡った。
思わず「え」と漏らすと、彼女の顔がみるみる赤く染まった。