「小町さん。余ったカレーはタッパーに入れたから……って、また寝てる」

小町さんは不思議なくらいに無防備だ。

いくら満腹で、いくらうちの日当たりがいいからって、男の家のソファーで熟睡なんてするだろうか。
きっと彼女にとって、僕は男ではないのだろう。
というより、藤井以外は意識する対象ではないのかもしれない。


僕にすがりついたときの彼女の瞳は、痛いくらい純粋だった。



――一生のお願い。肉じゃがのつくり方を教えて。



居酒屋のトイレから出てきた僕の腕を掴み、小町さんは言った。
というより、「いいって言ってくれるまで、腕を離さない」と脅された。

ちいさな手の力は意外にも強く、僕には「はい」以外の選択肢はなかった。


目がちかちかするカップケーキ柄の鮮やかなエプロン。
包丁を握る、おぼつかない手。

笑ったり、焦ったり、しょげたり。
秒単位で変わる彼女の表情は、少し目を離せばもう別の顔になっている。

こんなに表情の引き出しがあるものなのか、と会うたびに感心してしまう。