「今日は、TNA航空001便にようこそ、お越し下さいました。当飛行機の機長の早川です。この飛行機は、これから高度を上げてヨーロッパを経由しながら、ニューヨーク・ケネディ国際空港まで参ります。皆さん。どうぞ、前方画面をご覧になりながら、ごゆっくりおくつろぎ下さい」
ヨーロッパを経由しながら、ニューヨーク・ケネディ国際空港まで……。
すると、前方のスクリーンに万里の長城が映し出されている。
「こちらは、中国の万里の長城でございます」
万里の長城を上空から撮影しているのだろう。まるで飛行機の上から見ているように感じられる。
「おしぼりをどうぞ」
「翼。ありがとうでしょう?」
「ありがとう……」
鼻にチューブを入れて、呼吸の手助けをして貰っているのだろう。酸素ボンベを車椅子の後ろに積んでいる。私も経験があったので、それがわかった。でも、嬉しそうな表情をしているな。
殆ど、実際の飛行機内で提供されているサービスと同じことを、此処でも行っている。だから、子供達もとても喜んでいて、段々、慣れてきたこともあり、フライトアテンダントとしきりに会話をしたり、スクリーンに映し出される映像を見て手を叩いたり、機長と記念撮影を始めている。
何か、凄いな。部屋に入って来た時も、みんな笑顔だったけれど、緊張が解れた今は、本当に楽しそうだし、嬉しそうだ。
「子供って、本当に凄いわよね」
えっ?
後ろで折原さんの声がして、振り返ると直ぐ隣に折原さんが立った。
「だって、そう思わない? 正直で純粋で、もの凄いパワーを持っていて、誤魔化しがきかない。心の底から笑っている姿を見ると、こちらまで嬉しくならない? そんな無限のパワーを持っているのよ、子供って」
前を見たままそう言った折原さんは、近くの子供が落としてしまった配られたおもちゃを拾ってあげていた。
「はい。どうぞ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
折原さんが、また一歩下がって私の隣に立つ。
「いつから変わってしまうのかしら」
変わってしまう?
「変わってしまうんじゃないわね。いつから、守りに入ろうとしてしまうのかしらね? 自分を良く見せたいために……ね」
折原さん。
「あの、高橋さんは、どちらにいらっしゃいますか?」
「高橋ですか?」
この人は、確か……。翼君のお母さんだ。
「高橋でしたら、あそこに居ます。矢島さん。ご案内して」
「あっ、はい」
「笑顔を忘れずにね」
「はい」
耳元で折原さんが囁いた言葉の意味が、この時、何となくわかった気がした。この空間の中では、きっと子供達に楽しんで貰うことが一番の目的なんだ。
「高橋さん」
「はい」
「こちらの方が……」
「私、木内翼の母でございます。総務の米山さんにお電話を差し上げた……」
「ああ、米山にお電話を下さった……。高橋です。初めまして」