10階は……。病院のエレベーターの表示板の10階の部分には、展望レストランとだけ明記されており、他は空欄になっている。そして、その上の11階には、病院長室、理事長室、教授、助教授室と明記されていた。展望レストランに行くの? 休みの日に、わざわざ?  まさかね……。
10階に着き、エレベーターのドアが開くと、折原さんは何の迷いもない感じで、左側に向かって通路を歩き出したので、私もその後に従う。すると、通路奥に面している一つのドアの前に立ってノックをすると、ドアを開けた。
カンファレンスルームAとドアに記されているその直ぐ横に、両端をマグネット磁石で止めた用紙には、全日本トラベル空輸様控え室(女子)と書かれている。
控え室? 
「おはようございます」
折原さんがドアを開けて中に入ると、見知らぬ女性が何名かパイプ椅子に座って談笑していたが、折原さんの姿を見つけると、一斉に立ち上がった。
「おはようございます。よろしくお願いします」
面識はなかったが、思わず私もお辞儀をした。
「こちらこそ、今日はよろしくお願い致します」
折原さんの口調からすると、見知らぬ女性達の方が先輩なのだろうか? そこら辺のことは全くよくわからないので、折原さんの後ろに隠れるようにして様子を伺っていた。
でも、何だか変だ。お天気も良いはずなのに、部屋のカーテンは閉められている。開けたほうが、明るくていいのに……。
「折原さんと、えーっと……」
「矢島です。同じく、経理の……」
「矢島さんですね」
「は、はい。よろしくお願いします」
「それじゃ、こちらが折原さんで、こっちが矢島さんの分です」
「はい。ありがとうございます」
「ありがとうございます」
訳がわからなかったが、取り敢えず、折原さんと同じようにお礼を言って差し出された大きめの紙袋を受け取ると、見た目ほど重量はなかった。
「矢島さん。向こうの角に行こうか」
「はい」
折原さんは、出入り口のドア側と平行な逆角の長机の上に、バッグと受け取った紙袋を置くと、おもむろにジャケットを脱いだ。
「矢島さんも、その紙袋の中に入っている服に着替えてね」
「えっ?」
着替えるの?
折原さんの言葉に、慌てて先ほど受け取った紙袋の中身を見た。
「これって……」
紙袋の中を覗いた途端、見覚えのある制服に気づき、半信半疑でクリーニング済みと付箋が付けられたビニール袋を取り出すと、制服一式が入っていた。その制服は、全日本トラベル空輸のフライトアテンダントのものだった。
「矢島さんなら、一番小さいサイズで大丈夫だと思うんだけど、もしサイズが合わなかったら言ってくれる? もうワンサイズ上のと交換して貰うから。
何で? 何故、客室乗務員の制服を……。
「大丈夫よ。こんな明るいうちから、しかも病院でコスプレ大会なんてしないから」
「コ、コスプレって、折原さん。これからいったい、フライトアテンダントの制服を着て何をするんですか?」
「さっきも言ったでしょう? 自己浄化活動だって」
折原さん……。その自己浄化活動の意味が、私にはまったくわからないのに。
「とにかく、早く着替えて行きましょう。遅れたら大変だから」
「は、はい」