「矢島さんは、休日に会社の用事で出て来るのは、勿論、初めてよね?」
「は、はい。折原さん。これから、何処に行くんですか?」
病院内の駐車場に車を入れたわけだから、当然、病院で何かがあるのだろうということは推測出来るが、それが何なのか、私には皆目見当もつかない。
「格好良く言えば、自己浄化活動とでも言うのかな」
自己浄化活動?
「あの……」
「高橋。荷物は、総務の連中が運び入れているはずだと思うから」
「わかった。それじゃ、俺もその手伝いをしながらスタンバイして来るかな」
スタンバイ?
「よろしく」
「矢島さんのこと、頼むな」
高橋さんはそう言うと、そのまま病院の通用口の方に向かって歩いていってしまった。
見慣れない私服のせいもあるかもしれないが、人気のない駐車場内を、朝日を背に浴びながら颯爽と歩く高橋さんの後ろ姿は、何とも言えないぐらい絵になっていて、その背中が眩しく感じられた。
「あいつは、入社した当初から、会社再建のために経費削減に尽力を注いでいるのだけれど……。削ってはいけないもの、削らなければならないもの、削るべきものの区別が出来る男なのよ。高橋はね……」
削ってはいけないもの、削らなければならないもの、削るべきもの……。何のことを指しているのか、さっぱりわからない。
「今日、これから私達が行ってやろうとしていることは、高橋が削ってはいけないものだと言って、苦しい会社の台所事情は百も承知の上で、社長に直談判して守り抜いた予算枠なの。高橋が何故、そこまでして? と思うかもしれないけれど、だからこそ、矢島さんも今日は、いろいろなことを感じて、学んで、明日に繋げてね」
折原さん。
「はい……」
「それじゃ、行きましょう」
高橋さんが、社長に直談判して守り抜いた予算枠……。
折原さんが、私に何を伝えたいのかもわからないまま、一緒に病院の通用口に向かうと、守衛の男性に折原さんが会社名と自分と私の名前を言って、入館証のようなバッジを渡してくれた。見ると、その入館証には、ふりがな付きの矢島陽子と明記されていた。
「折原さん。これって……」
「うん。事前に、総務が申請出しておいてくれたから。こっちよ」
「あっ、はい」
何基かあるエレベーターの一基のドアが開いたままの状態で待機していたので、折原さんの後ろから慌てて乗ると、十階のボタンを折原さんが押した。