私に足りないものって、お金とか安らげる居場所とか? それを黒凪さんが与えてくれるって?

 いや、これはきっと冗談だよね。私が野良猫みたいだから茶化しているだけなのだろう。でも、もし救いの手を差し伸べてくれるとしたら……。

「ついていきたいですね。幸せになれるなら」

 ほんの少し口角を上げて答えた。今より不幸にならなくて済むのなら、迷わずこの家を出てついていく。鮫島家に未練などない。

 黒凪さんは私としっかり目を合わせてゆっくり頷くと、こちらにすっと手のひらを差し出す。

「なら、行こう」
「へ?」
「俺が幸せにしてみせる」

 ドクン、と心臓が大きく揺れ動いた。

 私だけをまっすぐ映す美しい瞳、本当に差し伸べられている大きな手、頼もしい言葉。どれもが自分に向けられているものだとすぐには信じられず、どうしたらいいかわからない。

 硬直していると、黒凪さんは「暑いから早く」と言って私の手を取った。男性に触れられるのに慣れていなすぎて息を呑むも、そのまま歩き出す彼に戸惑いの声を上げる。