そう言っておもむろに腰を上げる彼の足元に、私から離れた子猫が近づいていった。彼は追い払うでもなく、ただ静かに見下ろしている。

 野良猫に好かれる人は……黒凪さんは、きっと優しい人。慰めたり励ましたりするわけではないけれど、私の問題について見て見ぬふりをしなかった。

 私の事情に気づいても正直面倒だろうし、初対面の人間なのだから知らんぷりすればよかったのに、彼はそうしなかったから。『大丈夫か?』と、ただひと言心配してくれただけで、私は嬉しかった。

 干上がった湖で一輪の花を見つけたみたい。ほんの少しだけ安らぎを感じながら私も腰を上げると、子猫を見下ろしたまま黒凪さんがなにげなく言う。

「昔からなぜか野良猫に好かれるタチでね。猫を飼うのは許されなかったのに、ついてくるから心苦しかった覚えがある」

 そこで話を区切った彼は、ふいに視線を上げて私を見つめる。

「深春さんもついてくるか? 俺に」
「え──」

 力強い眼差しで捉えられると同時に思わぬ問いかけをされ、ドキリと胸が鳴った。

「今の俺なら、君に足りないものを与えてあげられる」

 私は目を見張ったまま、その言葉の意味を考える。