「しゃっ……社長!? あの、黒凪不動産の!?」

 まさかそんなに高い地位の方とは予想外で、すっとんきょうな声を上げてしまった。

 おそらく三十歳くらいだと思うが、社長様だなんて……。しかも黒凪不動産といえば、かの有名な旧財閥、黒凪コンツェルンの中核を担っている企業じゃないか。この人は、黒凪家のご子息なの?

 あんぐりと口を開けて驚愕する私に、彼は淡々と説明する。

「この家と土地を売却したいと鮫島さんから相談を受けていたから、写真を撮らせてもらうのも了承済みだ。これから家の内観も見せてもらって査定を行う」

 ──はい? ちょっと待って、今なんて?

 さらっと口にされた発言を、もう一度頭の中で反芻する。数秒固まった後、重大すぎる問題を理解して思わず前のめりになった。

「家と、土地を売る!?」

 またしても声を上げる私を、黒凪さんは少しの驚きを含んだ訝しげな瞳で見下ろす。

「まさか聞いていないのか?」
「聞いていません、なにも……」

 いつ、どうして売るのかも、次に住む場所はどこなのかも知らない。こんなに大事なことも教えてもらえていなかったなんて、さすがに酷すぎじゃないだろうか。