「えっ? 私? 私は……」
「はい。こっちの方が、見やすいんじゃない?」
貴博さんが、後ろの席からメニューを取って、私の前に置いてくれた。
「スミマセン、ありがとうございます」
何にしよう。すぐに決めなきゃ。
「スイマセン、オーダーお願いします」
仁さんの声で、尚一層、焦ってしまう。すぐに店員さんがテーブルの横に立ち、オーダーが始まってしまった。
「カシスサワー1つと、貴博は?」
「まずは、大ジョッキかな」
「大ジョッキ2つ。泉ちゃんは、決まった?」
「あっ、私はレモンサワーで」
「あとレモンサワー1つと軟骨の唐揚げとシーザーサラダを1つ。あと何か食べたいものある?」
黙って貴博さんがメニューを裏返してくれていたが、ここに居られるだけでもう十分満足な私は、正直つまみなんて何でも良かった。
「私、川エビの唐揚げ食べたい」
カレン。あなたのその勇気は、どこから来るんだろう。羨ましいな。
「それじゃ、あと川エビの唐揚げ1つ。取り敢えず、それで」
乾杯をしてからしばらくは四人で話していたけれど、そのうちカレンが仁さんと二人だけの会話に入ってしまい、仁さんはなるべく四人で話そうとしてくれているのが見て取れたが、すぐにカレンが引き戻してしまうので、会話が途切れ途切れになってしまっていた。
貴博さんは元々口数の少ない人だから、私が話しかけない限りあまり自分からは話しかけては来てくれなかったが、それでも十分この場の雰囲気が楽しかったので、苦痛にも何とも感じてはいない。
何故なら、貴博さんが隣に居てくれるというだけで、今は夢のような時間だから。
「家、どこ?」
エッ……。
二杯目の大ジョッキを飲みながら、急に貴博さんが話しかけてきた。
「あの、希望ヶ丘です」
「そう……。仁、先帰るな」
「おぉ」
貴博さん? 帰っちゃうの?
隣に座っている貴博さんを見ると、残っていたジョッキのビールを一気に飲み干していた。
「貴博さん。もう帰っちゃうんですかぁ?」
カレンは全然帰る気なんてなさそうし、私も帰ろうかな。
このままここに居ても、きっとカレンは仁さんとしか話さない気がするし。
「送っていく」
エッ……。
「結構、ここから遠いだろ? 行こう」
貴博さんは、スッと席から立ち上がり仁さんにポケットからお札を出して渡すと、私に声をかけお店のドアの方へと歩き始めていた。
「あの……。スミマセン、お先に」
「泉ちゃん、おやすみ」
「お、おやすみなさい」
仁さんにお辞儀をして頭を上げると、カレンが満面の笑みを浮かべながら手を振っていた。
きっと思ったとおりに事が運んで、カレンは嬉しかったのだろう。
挨拶もそこそこに、貴博さんを追いかけながらお店を出ると、目の前に貴博さんが立ってたばこに火をつけているところだった。
うわっ。
危うくぶつかりそうになって、思わず思いっきり深呼吸をしてしまう。
「あの……。何か、私のためにスミマセン」
「君のためだけじゃないよ」
エッ……。
「俺のためでもあったから。途中から、別に俺たちがいなくてもいい感じだったし」
貴博さん。
「今日の現場は、随分、君の家からだと遠かったんだな」
貴博さんはそんなことを言いながら、駅へと向かって歩き出した。