「スミマセン、私がなかなか上手く出来なくて……」
「いや、別に謝ることはないよ。仕事なんだから、気にしなくていいから」
「貴博さん……。あの……」
「貴博。ちょっと、これ着て仁と一緒にあの車の前に立ってくれるか」
「はい。あっ、ゴメン。またあとで」
「はい」
貴博さん……。
ずっと憧れていた。
一緒に仕事をするようになって、気づいた時には好きになっていて……。
けれど、貴博さんには彼女がいて、その彼女は私が最も尊敬していた人。その人に憧れてこの世界に入ったと言ってもいいくらいだから。
同じモデルクラブの事務所の門を叩き、少しでも近づけるようにと待ち時間も尊敬する人の仕草を見て良いところを盗み学ぼうとさえ思っていたほど、もう雲の上のような人だった。
でも憧れていた貴博さんが、優しい眼差しで包み込むようにして、ある時は眩しそうに。そしてまたある時は、熱い視線を送っていたことに私自身も薄々気づいていたけれど、まさか、本当に憧れと羨望の眼差しの矛先にいる二人が付き合うことになるとは、誰が想像しただろう。
その彼女が雑誌編集者の人と結婚すると人づてに聞いた時は、本当に青天の霹靂だった。
二人は結婚するらしいという噂を聞いた矢先だったのに、いったい貴博さんといつ別れて、いつから雑誌編集者の人と付き合っていたのだろう。
どう考えても、貴博さんと付き合っていた時と重なっていた時期があったんじゃないかと、詮索してしまうのは惚れてしまった女の偏見からだろうか。
どうしても貴博さんの肩を持ってしまう。
貴博さんが、この世界に入ってきた時からいつもどことなく影があって口数が少ない分、多くを語らないので私生活など全く見えては来なかったが、それでも私にすらわかる。
彼女と別れてからの貴博さんは、まるで遠くの景色を眺めているかのようにいつも遠くを見ているばかり。まして、ミサさんの結婚が公になってからは、滅多に仕事で造る表情以外は笑顔を見せることがなくなっていった。
でもそんな貴博さんでも、私にとっては見ているだけで胸がキューンとなってしまう。
憧れだった人がやがて好きという感情に変わった時、その人の心には別の女性がすでに住んでいた。
けれどその人の心に住んでいた女性は、別の男性と結婚してしまった。
貴博さんの心は今、寒いのかな? それとも土砂降りの雨かな? 
貴博さんに彼女がいると知ったあの日。その相手が尊敬するあの人だとわかった私と今の貴博さんは、ある意味似ている気がする。
失恋をした貴博さんを、慰めてあげたい。
ううん。今、この時からが貴博さんと私の時間になるようにしていきたい。
貴博さん……。
そんなことを思い描いている私を、いつか受け止めてくれますか?
貴博さんに抱きしめられた時、凄く良い香りがした。爽やかな貴博さんの香りが……。