とある農家に、ケン太という犬が飼われていました。

 庭の犬小屋につながれたケン太は、空と山並みを眺めながら、毎日ため息ばかりついていました。

(……あ~あ~あ~。空を飛んで、世界中を旅したいなぁ)

 うつろな目をして、前足にあごをのせたケン太の姿は、いかにも退屈そうです。

(……あ~あ~あ~。てっぺんに雪をのっけた山並みの風景も見飽きたし、なんか刺激はないかなぁ)

 と、そのときです。

 一羽の雀が飛び降りて来ました。

(ん? なんだなんだ?)

 ケン太がびっくりして顔を上げると、雀がピョンピョンと、ケン太の鼻先にやって来ました。

「やー、はじめまして。ボク、雀で~す」

「見りゃ、わかるさ。突然人んちの庭に無断で入って、なんの用だよ。てか、近寄りすぎ。寄り目になるじゃん」

「ぁ、ごめん。なんか退屈そうだったんで、話し相手にでもなろうかと思ってさ」

 雀はピョンピョンと二~三歩後ろに下がりました。

「ふん、大きなお世話だ。雀なんかに同情されたくないね」

「けど、口とは裏腹にシッポ振ってるよ」

「こ、こりゃ、おいらたちの習性って奴だ。別に歓迎してるわけじゃないから、勘違いすんな」

「うん、わかった。ところで、なんか悩んでる?」

「なんだよ、藪から棒に」

「なんか、そんな顔してるから。ボクでいいなら、話し相手になってあげるよ」

「ったく、生意気なガキだな。おめぇが悩みを解決してくれるってんなら、話は別だがよ」

「うん、解決してあげる」

「ばーか。できるわけないだろ?」

「ボクならできるさ」

 雀は自信満々に、目を“への字”にしました。

「……マジで? なんで?」

「だって、ボクには“雀の力”があるからさ」

「なんだい、そりゃ。“雀の涙”ってぇのは聞いたことあるが、“雀の力”ってぇのは初めて聞くぜ」

「だって、雀学校の言葉だもん。犬さんは知らなくて当然さ。で、悩みって何?」

「暇潰しに付き合ってみっか。実は、カクカクシカジカ」

 ケン太が悩みを打ち明けると、雀が言いました。

「三日後に会いに来るから、絶対に食べちゃ駄目だよ」




 そして、その三日が経ちました。

 断食をしていたケン太は痩せこけて、げっそりしていました。

 三日も食べないケン太を心配する飼い主の奥さんに、申し訳ないと思いながらも、ケン太には雀が叶えてくれるという夢のほうが、空腹より勝っていたのでした。

 アッ! 雀が飛び降りて来ました。

「やー、三日間のご無沙汰で~す。ずいぶん痩せたね」

「……それより、早く夢を……叶えて……よ」

 ケン太はあまりの空腹で、息も絶え絶えです。

「オッケー。首輪を抜いてみて」

「えっ? 無理だよ」

「いいからいいから」

「……ムゥ、グゥ、ムゥ、グゥ」

 スポッ!

 あら、不思議。首輪が抜けました。うむ……なるほど。だから、三日間の断食をさせて、ケン太を痩せさせたわけですね。首輪を外させるために。

「ワーイ! ワーイ! 首輪が抜けた。自由だ! 自由だ!」

 俄然、食欲が出たケン太は、餌皿のねこまんまにかぶりつきました。



「では、旅に出発しますか?」