26日 「渦巻く感情」
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朔夜side
淡々と過ぎる毎日が、どこか窮屈に感じるのは、親友への感情が忙しく浮かぶ、そんな毎日だからだろうか。
あのホームルームから2週間。
真琴とは、必要最低限の会話しかしていない。
そんな俺たちに、昴や明那は違和感を持ち始めているようだった。
そん中、今日は教室の前の廊下に置く、文化祭の看板を作ることになった。
他にもメニュー作成をする班もあるが、俺達の班は看板を任された。
“俺達”というのは、席が前後で同じ班の唯鈴ももちろん含まれ………そして真琴も含まれていた。
真琴は班は違うものの、看板は作業が大変なため、2班でやることにやっている。
そのもうひとつの班が真琴のいる班とは………どうやら神は俺の味方じゃないらしい。
もちろん真琴のことが嫌いなわけでは無い。
ただ、顔が合わせづらい。
全部唯鈴のせい………いや、それは違うな。
唯鈴に当たるとかバカだろ、俺……
はぁ……
こちらはため息をする一方なのに対し、唯鈴は文化祭が初めてなのか、毎日忙しそうに、そして一生懸命仕事をこなしている。
真顔で少し怖がられていた唯鈴も、美人パワーと一生懸命な姿でだいぶクラスメイトと打ち解けてきていた。
俺と真琴とは真逆だな。
そうして、空き教室の中で、気乗りしない看板作りが始まる。
教室に響く、クラスメイトの声がうるさく聞こえるほど、穏やかで静かな日。
そんな日に、まさかあんなことが起きるなんて、この時の俺は思ってもみなかった。
「ここはピンク?」
「でもさ、それだと文字と色被っちゃわない?」
「なら縁だけ濃いピンクとかにしたら?」
「あー!ナイスアイデア!」
「文字黒でよくね?そっちの方が見やすいだろ」
「男子は分かってない」
「それな、だから引っ込んでて」
「へーへー、すいませんね」
女子たちが、既に形になっている木の板材を目に、デザインを熱心に試行錯誤しながら考えており、男子のことは邪魔者扱い。
唯鈴は絵に自信が無いのか、女子たちの中ではなく、少し離れた窓の前に立っている。
唯鈴と同じでデザイン系に疎い俺は、教室のドアの近くから唯鈴のことを眺める。
窓から流れてくる光風に唯鈴の髪が揺れ、空を映している目は縹色に染まっており、見た者を惹き込む魅力を放っている。
出来ることなら、このままずっと眺めていたい。
唯鈴の周りだけ、別の時が流れているようだった。
それくらい、あまりにも神秘的な画で。
俺は周りの音が聞こえなくなるほど、唯鈴に見惚れていた。
それは真琴も同じで。
今、偶然にも俺と真琴は隣に座っている。
俺……ここいても大丈夫か?移動しよう。
そう思い、移動しようと少し足に力を入れた時。
「朔夜」
真琴に名前を呼ばれ、とっさに足の力を緩める。
「な、なんだ?」
なんの事かは大体予想がつく。
「唯鈴は、朔夜のことが好きなんだね」
「っ、いや、そんなこと無いだろ……」
見事に予想的中。
でも、周りの目には唯鈴が俺のことを好いているように映っていることは知らなかった。
唯鈴が俺を?
確かに、出会った日にも俺を虜にしてみせるとかなんとか言ってたが……あれ本気なのか?
無表情で声にも強弱がないからこそ、そこの判断が難しい。
俺の3メートル先では、女子達が看板を起こしている。
「朔夜は気がついていると思うけど……」
そして看板が立ち、手を離してデザインを考えている。
「俺は、唯鈴のことが好きだよ」
真琴がその言葉を放った時、看板が風でグラつき、目の前にいる1人の女子に倒れようとしている。
女子生徒は、下を向いていて気がついていない。
すると、唯鈴が走っていき……女子を庇うように覆い被さる。
「えっ、遠永さ……」
突然クラスメイトに抱きつかれたその状況に、女子生徒は困惑している。
一方の唯鈴は、女子生徒の頭を守り、何も話さない。
「っ………ダメだ唯鈴!」
さっきは緩めた足に、今までの人生でいちばん強く力を入れて飛び込む。
間に合え……っ
間一髪、俺は看板を支えることが出来た。
ほんと、何するか分かんねぇな、こいつ……つ
俺は内心唯鈴の行動に呆れながらも、怪我がないか声かける。
「えっ、杉野くん!?あ、ありが……」
「唯鈴っ、大丈夫か?怪我は?」
ただただ心配だった。
女子の声が聞こえていない程に。
「ええ、大丈夫よ。朔が守ってくれたから」
「え、杉野く………」
だ、いじょうぶ………か、そうか、なら良かった……
ホッと胸を撫で下ろす。
でもそれは一瞬で、心配の気持ちは少しの怒りに変わった。
「ったく……考え無しに突っ込むなよ……もっと自分を大切にしろ」
「えっ、それはつまり愛のこく……」
「違う。何でそうなるんだよ」
呆れた顔をすると、唯鈴は頬を膨らませる。
「……いいじゃない、冗談のちょっとくらい」
こいつ、本当か嘘なのか分かんねぇんだよ……
俺が唯鈴の言葉の返答に困っている時。
俺以外にも、複雑な気持ちを抱いているやつが2人もいるなんて、俺には気づけなかった。
「あなた……ええと、倉本さん。大丈夫?怪我はしていない?」
唯鈴が、看板が倒れそうになった女子生徒に声をかける。
そこでやっと、先程俺に声をかけた相手が倉本だと気がついた。
「ああ、うん、大丈夫……ごめんね、私を庇って。ありがとう……杉野くんも」
「ああ、いや、無事ならいいんだ」
「っ………うん」
「ちょっと美香、大丈夫!?」
傍から状況を見ていた別の班の倉本の仲良しグループの1人が、倉本に駆け寄っていく。
「あはは、うん、全然大丈夫。ドジしちゃった」
「もう、気をつけなよ?」
そして、同じ班の女子の元へと離れていく。
その姿を見ていると、隣に座っていた真琴がいつの間にか唯鈴の横に。
「唯鈴、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
「よかった。これからは自分を犠牲にするようなことしないで。心配で仕方ないよ」
「心配……?私のこと、心配してくれたの?」
「当たり前でしょ。それに、俺は……」
嫌な予感がする。
その先の言葉を言わせたらいけないと、本能的に感じ取る。
「い、唯鈴。看板、続き俺たちで出来ることあるか聞きに行くか?」
真琴を遮ってまで咄嗟に口から出たその言葉。
何でだよ、俺……
自分の気持ちには、意外と自分が1番気づけないのかもしれない。
「ええ、行きましょう。彼女たちに任せっきりにする訳には行かないわ」
と、唯鈴を引き連れてその場を離れた。
1時間後、今日の作業を終えた空き教室には、
まだ彩度の低い看板と、呼吸によって流れ出た薄暗い感情だけが取り残された。