拝啓
愛しのあなたへ
私は今日、この世界から消えてしまいます。
今まで話せなかったこと、ごめんなさい。
でも、私のせいであなたが楽しい日々を過ごせないのは嫌だったから、最期の今日、伝えることにしたの。
朔は忘れてしまっているようだけれど、私とあなたが出会ったのは、今から約11年前の3月下旬。
私とあなたが5歳のとき。
あなたが施設にいたことは知っているわ。
そこで出会った明那たちと同じ幼稚園に通えることになったのよね。
そんなあたなが年中から年長へ上がるまでの春休み。
私は、あなたに“会いに行った”。
出会ったのはその時だけれど、私はもっと前からあなたのことを知っていたわ。
また驚かせてしまうのだけれど、私は人間じゃなくて……
「捧げ人」なの。
捧げ人っていうのは、100年分の命を持っている別世界の者。
捧げ人は、その100年が終わるまでに、人間界の誰か一人に必ずその残りの命を捧げなければならないという役目を持っているの。
捧げ人の世界は真っ白な四角い部屋のようで、そこにいるのは自分だけ。
ドアには鍵がかかっていて、外に出ることは出来ないようになっていた。
窓もないから、外の様子も見れない。
ただ、その部屋にはひとつの画面があるの。
その画面からは、人間界の様子が見れるようになっていて……あ、私が施設のことを知っていた理由はこれよ。
もし知られたくないことだったのならごめんなさい。
でも、そのおかげであなたの明るい笑顔に出会えて、私はあなたに命を捧げようと決めることが出来たわ。
命を捧げる相手を決めたら、ドアの鍵が開いて、人間界へ来れるようになっているの。
早くあなたに会いたくて、私はすぐ扉の向こうに広がる黄金の霧と風に包まれたわ。
足場がなくて落ちると思った私は目を閉じた。
でも次に目を開けると、そこは朔がよく遊びに来る海だった。
辺りを見回していると、遠くに虫取り網を持って大人2人とこちらへやってくる朔が見えたの。
朔は私の元まで来てくれて、私に誰かと尋ねた。
朔の方から話しかけてくれるとは思っていなかったから、とても嬉しかったわ。
遠永唯鈴と自己紹介をすると、朔は元気よく自己紹介を返してくれた。
一緒にサワガニを捕まえたり、海水をかけ合ったり。
本当に楽しかった。
あまり意味を理解していないまま幼い子供が交わした口約束だけれど、将来結婚しようという約束までしたわ。
私のことを「およめさん」って呼んでは、少し照れくさそうにして笑う朔を私が見つめる。
そんな日々を過ごしていたら、その時は突如としてやったきた。
捧げ人が命を捧げるとき。
それは、相手が命の危機に面したとき。
その時の私は、命を捧げるのはまだ先のことになると思っていたのだけれど、海とは恐ろしいものよ。
朔、あなたは私と海で遊んでいる時に溺れてしまったの。
こんなこと言いたくないけれど、本来ならば朔は、あの日死んでいたわ。
でも私がいたから、あなたを救うことが出来た。
もう朔と遊ぶことは出来なくなるけれど、5歳の私は波に飲まれながら、残り95年分の命をあなたに捧げたわ。
だから私、99歳のおばあちゃんみたいなものなの。
でも、結果は上手くいかなかった。
多分、私がまだ幼すぎたことが原因だったのだと思うわ。
あなたを救うことは出来たけれど、私にはいくらかの命が残ってしまった。
そのいくらかがどれくらいの年月なのかは自分でも分からなくて。
そのことを不安に思いながら私は意識を失い、行方不明になった。
捧げ人の私には親が存在しないから、長い期間捜索はされなかった。
私は別にそれで良かった。
朔は一緒に来ていた大人に助けられたから。
その大人が優さんであることを知ったのは、15歳の朔と再会した次の日だったわ。
朔の無事以外、私の望むことはなかった。
でも、私が行方不明になったことを知ったあなたは、ショックで私と過ごした日々、そして存在を忘れてしまったわ。
それは時の流れが解決してくれたから良かったの。
それなのにその10年後。
長い眠りから目覚めたと思えば、そこは変わらず海だった。
目の前には大きくかっこよくなった朔がいるし、なぜ自分が生きているのかも分からなくて混乱したわ。
まだ朔に捧げられていない命が残っているのに、何度捧げようと思っても出来なくて。
朔が死んでしまうことは防げても、捧げ人としての役目を果たせなかった私が、朔のとなりにいてはいけない。
行方不明になっていた間も無意識にそう思って自分を責め続けた私は、目覚めたときには表情を失くしていたわ。
なのに、朔が私を病院に連れて行ってくれたり、自分の家に居座ることを提案してくれたりするから、まだもう少しここに居ることを望んでしまった。
それでもやっぱり、世の理から外れているこの体には負担がかかった。
入学式の日、私が体調を崩してしまったときがあったでしょう?
あの時、私の頭に2つの情報が流れ込んできた。
まず1つ目は、私が生きられるのは来年の3月31日までだと言うこと。
そして2つ目は、捧げ人としての役目を果たせなかった私は、余命一年の“人間”になったということ。
人間になれたという嬉しさもあったけれど、この楽しい日々が1年後には終わってしまうと思うと、とても悲しかった。
でも、本来ならもう私のものではない命であと一年も生きられるのなら、それは幸せなことだとも思った。
そして、長いようで短いこの365日を、私は十分すぎるほど満喫した。
この1年を朔たちと過ごせて良かったと心の底から思う。
もう既に長いのだけれど、最後までこの手紙を読んでくれると嬉しいわ。
今そこに、真琴たちもいるのよね?
じゃあ、まずは昴から。
あなたは、朔や椿さん以外で、初めて私の名前を呼んでくれた人よ。
あの時の嬉しさは一生忘れないわ。
少し意地悪なところもあるけれど、明那に告白が出来るほどの勇気があるあなたが大好きよ。
友達のことを第一に考えて、クラスの子が喧嘩していたら昴が間に入ってあげていたわね。
昴のその明るい性格に救われた人は何人もいると思うわ。
勉強は嫌だと言うけれど、成績を上げようとする努力は人一倍して。
この人ならどんな事でもできそうだと、初めて会った時から思っていたわ。
自分のしたことで人に喜んでもらえる嬉しさも、昴の誕生日で知ることができたわ。
それまでその嬉しさを知らなかった私は、プレゼントであそこまで喜んでもらえるなんて想像もしていなかったから、とても胸が温かくなった。
今年の誕生日は一緒にお祝いすることは出来ないけれど、私も空の上からお祝いしているわ。
もし明那とすれ違ってしまうことがあったら、その時はお互いの言いたいことを大切にして。
ただ自分の思いをぶつけるだけじゃ何も変わらないわ。
ゆっくり落ち着いて言葉を交わして。
そうしてお互いの目を見て、一言一言を大事にして仲直りするの。
軽い気持ちで言ったことが、相手にとっては大きな悲しみになることだってある。
そうならないように、いつもの明るい笑顔と温かい言葉で話してあげて。
すれ違っている間は、2人ともすごく辛いと思うわ。
だから仲直りした時は、明那のことを抱きしめてあげて。
明那はすごく安心すると思うわ。
そして、明那が辛かったり悩んでいる時は、そばにいてあげて。
それと、もし浮気なんかしたら許さないわよ?
昴は知らないだろうけど、明那はあなたと行って楽しかった場所や出来事をすごく嬉しそうに私に話してくれるの。
そのときの明那の表情は、とっても可愛いわ。
これは自慢よ。
私、まだまだ人間として未熟なことばかりだけれど、一途なことには自信があるの。
朔には、11年以上前から片思いしてるんだから。
昴がいつ明那のことを好きになったのかは分からないけれど、その愛が明那を傷つけるものになる可能性が少しでもあるなら、空から私がお仕置に行くから覚悟しておいて?
でも、2人なら大丈夫よ、絶対。
だって、昴と明那だもの。
こんなに強くて明るくて優しい2人が一緒なら、どんなことにだって負けないわ。
それと。
昴はたまに、一生懸命になりすぎて周りが見えなくなることがあるから、自分が今悪い方向に向かってしまっていることに気がつけるようになることが大切ね。
あなたの長所は短所よりもずっとたくさんの数あるのだから、あまり気負わずに、自分の長所をうまく使えるようになれるといいわね。
昴の元気な声が聞けなくなるのは寂しいけれど、今までの声をよく思い出して、遠いところから見守っているわ。
今まで私のことについて話せなくて、ごめんなさい。
でも、昴ならしっかり現実を受け入れてくれると信じているわ。
昴、今までありがとう。
さようなら。
次に明那。
明那は、最も私に“青春”を教えてくれた人よ。
オシャレが分からない私に、メイクの仕方やネイルの可愛さを演説してくれた休憩時間や放課後は、とても眩しいものだった。
いつも可愛いけれど、オシャレをして自分を自分のために魅せよう、磨こうと努力する姿は明那の可愛さを引き立たせていたわ。
私の目にはいつも、明那がどこかの国のお姫様に映っていたわ。
この世で誰よりもオシャレを楽しんでいて、強い心を持っている明那が大好きよ。
以前、明那に習った方法で1人でメイクにチャレンジしてみて、そのあと遊園地に行ったことがあったじゃない?
祝日だということもあって、乗りたいアトラクションにはたくさんの人が並んでいて、長いこと待ったわよね。
あともう少しでアトラクションに乗れるという時に、明那が列から抜けてどこかへ走っていってしまうから何事かと思いついていったら。
あなたは、迷子になって泣いている男の子を見つけて、一緒にご両親を探してあげていた。
あの時の明那の行動には心の底から尊敬したわ。
自分のことよりも困っている人のために動ける明那の親切さは、中々あるものではないわ。
泣いている男の子に対して、笑顔で「大丈夫!」と言える明那だったからこそ、男の子もすぐ泣き止んだのだと思う。
その後すぐにご両親を見つけることが出来たのは、間違いなく明那のおかげ。
私がアトラクションはよかったのかと尋ねたら、明那は笑って「アトラクションにはまた乗ればいいし、あの子の涙が笑顔に変わって、私まで嬉しくなっちゃったから、むしろプラス!でしょっ?」と言ったでしょ?
その言葉を聞いた時、明那の世界はどこまでも澄んでいて、綺麗だなと思ったわ。
明那の心の綺麗さは、人を助けるために、笑顔にするためにあるのだと。
そして、そんな明那は人に愛されるべくして生まれてきたのだと。
昴が明那のことを好きになるのも頷けるわ。
誰かの陰口を言っている人には、いざとなった時に助けてくれるような人がいることの大切さを。
自分に自信を失くした人には、その人が持っている可能性や長所を。
人のために動ける人には、勇気ある行動が出来ることの強さと美しさを伝える。
そうして明那は、自分だけじゃなく周りの人の心も綺麗にすることが出来るすごい人よ。
例えそれが、自分のことを嫌っている人相手であっても。
ある時、可愛い明那に八つ当たりで暴言を吐いた生徒がいたわ。
でも明那は、どんなに酷いことを言われても、明那が悪口を言い返すことは絶対になかった。
そんな明那の夢が、困っている人を救える弁護士になることだと知った時は、未来を見据えている姿勢に惚れ惚れしたわ。
朔と出会っていなかったら、明那のことを好きになっていたかも、なんてね。
でも無理はし過ぎないで。
明那は正しく生きれる人。
だからこそそんなあなたに嫉妬をして、あなたの考え方を否定してくる人がたくさん出てくる。
そんな時は、昴という心強い彼氏がいるのだから、どんどん頼ってしまっていいの。
きっとその方が、昴も喜ぶわ。
明那と出会えて私は、自分への自信をつけることができた。
そして、自分に嘘をつかないことの大切さも知れた。
あなたのおかげで、今はもう1人でメイクが出来る。
朔とデートすることがあればもっとその知識を活かせたのだけど、もうそんな機会はありそうにないわ。
ごめんなさい。
私の代わりに、明那は昴とたくさんデートするのよ?
ずっと、2人の幸せが続くよう見守っているわ。
それと、私がいなくなることを、どうか悲しまないで。
私は大丈夫。
私の分まで朔に幸せになってもらうつもりだから。
そして、幸せなあなたたちの姿を見せてくれたら嬉しいわ。
いつかはまた会える。
だから明那らしく、前を向いて歩いていって。
他人を優先しすぎて、たまに危なっかしいところがあるあなたを残して空の上へ行ってしまうのは、少し気が引けるけれど。
明那なら大丈夫よ。
1年間ずっと近くで見てきた私が保証する。
そして、あなたの笑顔が絶えないことを祈っているわ。
明那、今までありがとう。
さようなら。
そして真琴。
穏やかで優しくて、でも友達のために本気で怒れるあなたのことが大好きよ。
真琴は明那や昴とは少し違って控えめだけれど、そんなあなたがいたからこそ、あなたたち幼なじみ4人が仲良くいられたのだろうと、私は思う。
私は4人がどうやって人生を共に過ごしてきたのか知らないけれど、真琴は他の3人のように施設からではなくて、小学校からの仲だと、朔に聞いたことがあるわ。
4人でいると少し仲間はずれにされたように感じることが、多々あったのではないかしら。
でも、真琴は他の3人の輪に入ることを諦めなかった。
勝ち負けがあまり好きではなさそうな真琴には、意外に頑固なところや負けず嫌いな一面もあるのよね。
それを初めて感じたのは、体育祭のときの借り物競争。
紙になんて書いてあったのかは分からないけれど、すぐさま私の所へ走ってきて、一緒に1位でゴールした。
あの時のことは、とても鮮明に覚えている。
あなたが本気のときに見せる表情には、人の目を引くものがあるわ。
あなた自身に、自覚はないようだけれど。
でも、それなら尚更あなたはすごい。
意識せず人を感動させられる、何事にも丁寧に向き合おうとするその姿勢には、色々なことを学ばさせてもらったわ。
あなたは人との丁度いい距離感を知っている。
あなたの普段の生活を見ていて、温かい声色で話しかけられて嫌な気持ちになる人なんていないのだと気がついたわ。
でもそれは誰にでもできることじゃない。
真琴の、周りの人といい関係を築こうとする真剣さがあってこそのもの。
そんなあなたが3人と自分を1つにまとめてきたから、今の4人がある。
このことを自覚して、もっと誇りに思ったほうがいいわ。
それとね、真琴。
あなたが私に向ける眼差しが痛いくらいに優しいから、たまに勘違いしそうになることがあったの。
真琴はもしかして、私のことが好きなのかもしれないって。
おかしいでしよう?
そんなはず無いのに。
ごめんなさい、変なことを書いてしまったわ。
でも、もしいつか真琴に好きな人が出来たら、私に向けてくれたような眼差しで隣から見つめ、たくさん愛してあげて。
あなたの優しさをさらに包み込んでくれるような人が、きっといつか現れる。
そのときは、空の上からでも声が届くくらい、大きな声でお祝いするわ。
だから、空を見上げてくれないかしら。
約束よ。
急なお別れになってしまうけれど、あまり涙は流さないで。
幸せが逃げていってしまうわ。
あなたの優しさは、必ず何倍にもなって返ってくる。
だから、失敗なんか恐れずに、真琴らしく人生を歩んでいってね。
真琴、今までありがとう。
さようなら。
最後に朔。
まず言いたいことは、自分を責めないで。
私が今日で人生を終えるのは、朔のせいなんかでは絶対にないわ。
愛しのあなたのためならば、私は命を捧げることも惜しくない。
ただそれだけのこと。
朔。
あなたは、私が捧げ人として生まれてきたことを愛した理由そのものだわ。
だって、そのおかげで朔は今生きられているのだから。
私はあなたのことを愛しているわ、朔。
あなたの眼差し、性格、声、足音、纏う空気すらも愛している。
その理由が分かる?
私は、捧げ人の世界で、あの白い部屋に閉じ込められているのが嫌だったの。
でも、そこから出られたのは、あなたの笑顔に私が見惚れたからよ。
それってすごく素敵だと思わない?
まるで、遠くから私を救ってくれた魔法使いのようだと、幼いころの私は思っていたわ。
でも今は、朔の近くで日々を共にしてきて色々なことに気がつき、魔法使いだとは思わなくなったの。
悪い意味じゃないから安心して。
ただ、この1年間の私の思いを、あなたに知って欲しいの。
1年前、私は朔が生きていることにとても安堵したわ。
私が朔に会いに人間界にやってきたことは無駄じゃなかったと、証明されたからよ。
大きくなった朔は、小さい頃の朔と比べ物にならないほどかっこよくなっていた。
あのとき私、内心とても驚いていたのよ?
でも、あなたは私のことを覚えていなかった。
会話をすればするほど、会話の距離に違和感を感じてならなかった。
誰とでもすぐ仲良くなってしまう子供に比べたら、成長してそのくらいの態度になることは納得できたかもしれない。
でも、完全に私は忘れられていた。
その事実にはとても胸が痛んだわ。
そうしてショックを受けている私に、あなたは記憶がなくても優しく接してくれた。
そして、知らないことが多い私を色々助けてくれて。
その優しさは幼い頃と何も変わっていなくて、たまに涙が出そうだったくらい。
朔、優さん、椿さんと一緒に暮らすことになって、高校の入試を受けた時、私は自分の頭がいいことにとても驚いた。
問題を読むと、知らないはずなのになぜか答えがすぐ頭に浮かぶの。
それが楽しくて……って、話が逸れてしまったわね。
高校生活は、朔が同じクラスでとても安心したわ。
別のクラスだったらどうなっていたか。
入学式が終わって私が体調不良になったとき、朔は私のことをとても心配してくれた。
それが嬉しくてその日はよく眠れると思っていたのに、悪い夢を見てしまったの。
あなたがいなくなってしまう夢よ。
あなたは私を置いてどんどん進んでいってしまうの。
止めようとする私の手を振り払ってまで。
必死に追いかけるのだけれど、気づけばもうあなたははるか遠くにいて。
私はひとりぼっちになってしまったの。
すると、どこからか無数の気味の悪い声が聞こえてきて。
あなたは一生ひとりぼっちだと言われたわ。
でも、朔がうなされている私に声をかけてくれたから、その悪夢から目覚めることが出来たの。
他にも私が困っているときは必ず助けてくれて、その度「この人を選んでよかった」と思えたわ。
「私は彼に惹かれている」と何度感じたことか。
あなたは強い意志を持っていて、身近な人をとても大切にできる。
でも押しに弱くて強がってしまうところもあるのよね。
長所短所、どちらであれ知れば知るほどあなたへの愛しさは増すばかり。
私を動かすのはいつも、朔、あなたよ。
優さんが事故で亡くなってしまって、朔が自殺をしようとしたとき、私はこれまでにない焦りと、今度こそは本当に海であなたを失ってしまうのかという恐怖を覚えたわ。
朔がいなくなったらどうやって生きていけばいいのか、何を目的として生きていけばいいのか分からなかったから。
あなたを死と隣り合わせにしてしまう海を嫌ったわ。
早く朔を止めないとと思うのに、冷たい海水は私を拒んで行かせてくれなかったりもしたから。
そんな時、真琴が真剣にあなたに言葉を伝えてくれて、あなたの自殺を食い止めることができた。
朔があんなに絶望感を漂わせていたのを初めて見て、この人は魔法使いではなく、ただの人なのだと気がついた。
更に私は、朔のことを魔法使いではなく、“奇跡そのもの”だと思うようになったわ。
愛する人に出会えたことが、あなたという人が奇跡なんだ、って。
その奇跡に出会えただけで、私の人生はもう十分。
これ以上ないほど満足していた、
はずなのに。
3月31日に私は死ぬということが分かっていたから、最期が辛くならないように、もっと近くで朔を感じたいという自分の気持ちにも蓋をした。
この世界から消えることへの覚悟はしていたつもりよ。
でもいざ今日を迎えると、望んでしまう。
ねぇ、朔。
欲張ってしまってもいいかしら?
私まだ、死にたくない。
朔と、みんなと一緒にいたい。
愛しい人を残して先立つことの苦しみを、今この手紙を書きながら感じているわ。
そんな今だから言えること。
私、朔の誕生日に指輪をプレゼントしたじゃない?
あの日は朔の誕生日だったのだし、心の底からお祝いをしていたわ。
でもあの指輪は実は、私を忘れてほしくなかったから贈ったものでもあるの。
どうしても、私はここで生きていたのだという証拠が欲しくて。
だから、私がいなくなってもあの指輪はつけていて欲しいわ。
今日の深夜0時。
私はこの世界から消えてなくなる。
それまでに、あなたに聞きたいことや伝えたいことがたくさんあって、この手紙を昨日の早朝に書いたの。
私は眠っているだろうけれど、ちゃんと聞こえているから安心して。
入学式は心に残った?
球技大会で活躍した自分のこと、実はかっこよかったと思ってるんじゃない?
実際かっこよかったけれど。
初めての体育祭はどうだった?
七夕で願った夢はもう叶った?
海の香りは好き?
私は青春出来ていたと思う?
ハロウィンでした魔女の仮装、私似合ってた?
新しいマフラーは気に入った?
ブッシュ・ド・ノエルは美味しかった?
もう死にたいなんて思っていない?
ホワイトチョコレートは好きじゃないって、言ってくれてよかったのよ?
余命のことをうまく隠せていたと思う?
この1年、楽しかった?
ちょっとした喧嘩だって大切な思い出として過ごすことができたこの1年は、何にも変え難い時間だった。
それがもう、終わってしまうのね。
…………
ねぇ、朔。
お願いだから、泣かないで?
あなたの泣いてる顔なんて見たら、私まで泣いてしまいそうよ。
だから、あなたが泣かないように、私の気持ちを何度でも伝える。
朔、愛してるわ。
本当に、心の底から。
朔のことを知ったのはもう11年以上前のこと。
その時からずっと、あなたを愛してる。
愛して、愛して、愛してる。
これから私があなたの目に見えないところへ行ってしまっても、この気持ちだけはずっと朔のそばにある。
ただ愛する人と一緒にいたいだけなのに、それが叶わないのは残酷だと言えるのかしら。
そのおかげで、愛する人は今生きているのに。
でもただ1つ言えるのは、朔が私と同じ気持ちでいてくれているのなら、それは私にとってそれ以上の幸せはないということ。
私が普通の人間のようにまだ生きられるとして、朔が私のことを愛してくれているなら、プロポーズ……だったかしら。
を受けることも、あったのかもしれないわね。
でも、そんなの……
幸せすぎて死んでしまいそうだわ。
だから、これで良かったのかもしれない。
ええ、良かったのよ。
朔、本当にこれが最期だから、私が言うことを忘れないで。
朔は、優さんに代わって、椿さんのことを十分支えてあげられているわ。
それでもやっぱり、椿さんは大変な思いをしているはず。
私が言えたことではないけれど、親孝行を大切にして。
そして、椿さんに伝えて欲しいの。
今までたくさん迷惑をかけてしまってごめんなさい。
そして、本当にありがとうございました、と。
朔。
あなたは私に色々な“顔”を教えてくれたわ。
表情という私の落し物を拾ってくれて、ありがとう。
たくさんの愛をくれて、そして愛させてくれて、ありがとう。
これでもまだ足りないくらいなのだけど、伝えたいことは伝えられたと思うわ。
本当にお別れの時が来てしまったわ。
自分の口じゃなくて、こうして紙で伝えることになってしまってごめんなさい。
口で伝えようとしたら、泣いてうまく話せなかったと思うから。
そして、苦しい時は指輪のことを思い出して。
私はいつもあなたのそばに居る。
何も恐れることなんてない。
3人も心強い幼なじみがいるのだから。
休むことの大切さを忘れずに。
そういえば、朔の夢は何なのか、聞いたことがなかったわね。
眠っている私に話しかけて、教えてちょうだい?
残りの時間は、朔たちの声をずっと聞いていたいわ。
どうやら私は、悲しいけれど幸せな死を遂げるようね。
昴の元気な、明那の明るい、真琴の穏やかな、朔の優しい声で見送ってもらえるのよ?
十分贅沢な死だわ。
そしてどうか、私のことを忘れないで。
私のことが好きでなくても、愛しく思っていなくてもいい。
あなたの記憶に残っていられるなら、頭の隅っこの方でもいいから、忘れないで。
海が綺麗だと思ったら、晴れ渡った空のことを綺麗だと思ったら、「遠永唯鈴」という名前を思い出して。
空の上から手を振るから。
雨が降っても虹を架けるから。
太陽の光であなたの行く道を照らしてみせるから。
私という1人の捧げ人の存在を、覚えていて。
愛しの朔へ。
今までありがとう。
さようなら。