298日 前編 「終わりは突然に」
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朔夜side
海岸を歩いていると、乾いた風が目に染みる。
砂浜の上空を乱す冷たい風が、酷く頬に刺さるようなそんな季節、冬がやってきた。
クリスマスとお正月を終え、今日1月23日、俺の誕生日がやってきた。
確か、唯鈴が前、最高の誕生日にしてみせるって言ってたな。
そしてその宣言通り、唯鈴は母や真琴たちと一緒に家で何かを用意しているようで、昼になるまで家から出ていろと追い出された。
「さみ~……」
コートを着てマフラーを巻き、更には手をポケットに突っ込んで完全防備をしていても、やはり空気相手には完全勝利とはいかないようで。
おかげで、鼻が針で刺されているかのように痛い。
散歩をしてだいぶ時間は潰れたが、昼まではあと少し時間がある。
どうしようか、と悩んでいた時。
ふと、大木公園の存在を思い出した。
初めて、唯鈴や真琴たちと遊びに行った場所。
そういえば、あの日クレープ逃してから結局食べれてないな……
唯鈴自身もそのことを忘れているのか、クレープを食べたいと言ってきたことは1度もない。
やってるか分かんねぇけど……どうせ暇だし行ってみるか。
そして公園へ向かうと、丁度イベントの日だったようで、お目当てのクレープも販売していた。
唯鈴、いちごが大好きなんだよな……
「あの、いちごたっぷりクレープを1つ」
「少々お待ちください」
冬だし溶けないだろ、と自分のは買わずに、唯鈴のだけ買って家へ向かった。
これから帰ったら、丁度いい具合の時間だ。
右手に広がる大海原を眺め、今までのことを思い出す。
唯鈴が倒れてて、病院に運んで……そしたら保護者だと思われて。
帰りにはバランス崩して危うく唯鈴を落としそうになったっけ。
ソフトクリームの時は真琴は唯鈴のことが好きだって分かって。
でも実は最近、真琴は唯鈴のことを諦めると言ってきた。
俺に遠慮したのだろう。
唯鈴をとられることはないと安心する反面、初恋の真琴にその気持ちを諦めて欲しくはなかったという気持ちもある。
複雑だな。
……このことを考えるのはやめにしよう。
そして俺は、再び昔のことを思い返し始める。
唯鈴が倒れた時は2人で大慌て。
最近は体調不良になってないから、少し安心している。
でも気は抜けない。
だから、早いところ唯鈴に気持ちを伝えておきたい。
いつ伝えるかな……
と毎日考えては、先延ばしにしている。
改めておかしな恋だと思う。
突然海に現れた綺麗な女。
どこで生まれたのか、親はどこにいるのか、どんな生き方をしてきたのか、何も知らない。
でも、絶対にいつかは伝えてくれる。
約束したから。
唯鈴がもしまた倒れたとしても、この約束が果たされていないことによって、唯鈴は大丈夫だと思える。
これから先、唯鈴にはたくさん笑って生きていって欲しい。
俺の隣で。
無知な俺のそんな願いが、どんなに無責任なものなのか、のちに俺は知ることになる。
スマホの画面を見ると、12時を30分ほど過ぎていた。
丁度いいくらいだ。
そしてインターホンを鳴らさずに、鍵でドアを開けて入ると。
パァン!
と、高い音が玄関に響いた。
辺りに舞う色とりどりのテープ。
その音の正体はクラッカーだった。
「朔(朔夜)、お誕生日おめでとう!」
と、母も含め5人でお祝いをしてくれた。
「ありがとう」
「ほら朔、靴を脱いで。早く早く」
自分でサプライズをしたのが初めてだからか、少し興奮気味な唯鈴。
「分かった分かった」
楽しそうで何よりだ。
それと。
「唯鈴、はいクレープ。なんだかんだ食べたことねぇだろ?」
「!ええ、ありがとう朔。でも今日は朔のお誕生日なのだから、朔はプレゼントをするのではなくて、されるべきなのよ」
「ああそうだな。そうさせてもらう」
唯鈴に手を引かれリビングへ入ると、部屋中にたくさんの風船、ダイニングテーブルにはチキンやフライドポテトなど、俺の好物がぎっしり並べてあった。
「めっちゃ美味そう!」
その声に母が反応する。
「私と明那ちゃんで頑張って作ったの。残さず全部食べないと……ねぇ、明那ちゃん?」
「ねぇ、椿さん?」
と2人で黒い笑みを浮かべている。
これ全部は流石に無理ある気が……
そう思っていると、昴に早く席に着くよう促される。
「朔夜早く座って、食べようぜ!」
そう言う昴に真琴が尋ねる。
「ちょ、昴。手洗った?」
「あっ」
「もう~、早く洗っておいで」
「おう!」
「ふっ……はは、あははっ」
俺の笑い声に全員が注目する。
「いや、いつも通りだなって。俺より楽しんでんじゃん」
その言葉に、唯鈴は言う。
「いいえ朔夜、今日はいつも通りじゃないわ。まだとっておきがあるんだから」
「とっておき?それは楽しみだ」
「ええ。だから早くお昼食べるのよ?」
「お、おう……」
唯鈴の気合いの入りっぷりに驚きながらも、今までで1番賑やかな誕生日パーティに嬉しさを覚える。
「あっ、それまだ俺ちょっとしか食べてない!」
「あんたが食べるのが遅いのがいけないの」
実は、昴と明那はクリスマスの日に付き合ったらしい。
他人に左右されず、いつも明るい明那に惚れた昴が、告白をしたそうだ。
でも付き合ったからといって俺たちから見て変わった部分はあまり無く、今のように喧嘩したりもする。
そんな2人を見て、一度、唯鈴が羨ましがったことがある。
唯鈴も彼氏が欲しいのだろうか。
だとしたら、俺は……
唯鈴を見ながら思っていると、唯鈴と目が合う。
「?……あ、分かったわよ朔。プレゼントが待ちきれないんでしょう?」
「えっ」
唯鈴は目を輝かせている。
なのに違うなんて言えるはずない。
「そう、かも……な?」
思わず変な言い方になってしまう。
唯鈴は俺のその言葉に、リビングから1度部屋を出る。
さてはプレゼント取りに行ったな?
バレバレなんだよ、可愛いやつめ。
ポテトを食べながら待っていると、あっという間に唯鈴が戻ってきた。
「朔、受け取ってくれるかしら?」
「ああ、もちろん」
開けると、そこにはイニシャルのSが刻まれているシルバーの指輪が。
「あまり高価なものは買えなかったのだけど、大事なのは気持ちだと思って。ちなみにそれ、私とお揃いなの。大切にしてくれると嬉しいわ」
そう言った時の唯鈴の表情は、今までにないほど切なそうで。
え……なんでそんな顔するんだ?
俺は、そんな顔をさせたかったわけではない。
見ているこちらまで伝わってくるその悲しみ、そして諦めは、痛いほど生々しい。
唯鈴の笑顔が見たい。
そのために、これ以上ないくらいのリアクションをしてみせる。
「えっ、めっちゃ嬉しい!絶対大切にする!ありがとな唯鈴!」
「ええ」
でも、パーティが終わるまで、唯鈴の明るい笑顔を見ることは1度もなかった。
そして事が起こったのは、俺の好きなチョコレートケーキをみんなで食べ、片付けの時間ギリギリまでゲームをしていたとき。
家に電話がかかってきた。
テレビの前で騒ぐ俺たちを横目に、母が受話器を手に取る。
そしてその数秒後。
「………え?」
という母の声と同時に母の手から受話器が滑り落ち、母はその場に崩れ落ちた。
それまで騒いでいた俺たちが、一気に静まり返る。
「母さん?」
俺は母の元へ駆け寄る。
電話はもう切れていたから、母に何があったのかと聞くと、掠れた声で
父さんが、事故で亡くなった……と。
今までで1番賑やかで嬉しい誕生日は、今までで1番最悪な誕生日へと一変した。