89日 「消えないで」
───────────────
朔夜side
翌日。
あんな状態の唯鈴を家に1人にする訳にもいかず、今日は俺も学校を休んだ。
本人は学校に行きたがっていたけど、まだ若干足元がおぼつかないのに許可できるはずがなかった。
父母共に仕事に行っていて、今俺は、リビングのソファで横になっている唯鈴の横でスマホをつついている。
スマホでは、唯鈴の症状について色々検索していた。
色々ありすぎて分かんねぇな……
俺が頭を悩ませていると。
「朔」
「どうした?頭痛いのか?」
「もう大丈夫って言ってるじゃない。朔は心配しすぎ」
「病院行けてねぇんだから心配もするだろ」
「む」
そして大人しくなったかと思えば、
「朔、デートに行きたいわ」
なんて言い出して。
「は!?」
やば、思わず大きい声出してしまった……
頭に響いたんじゃ……?
「悪い唯鈴。大丈夫か?」
「だーかーら、大丈夫よ!」
やっぱりその言葉ばっかりは信じられない。
「でもデートって……行けるわけないだろ?第一学校休んだやつが外出たらダメだろ」
「でも行きたいの!」
「ダメだ」
「朔!」
「絶対にダメだ。唯鈴が真琴に寄りかかってぐったりしてるところ見て、俺がどんな気持ちになったか分かるか?……もう、やめてくれ……」
昨日の唯鈴は、この世から消えてしまいそうで。
家に連れて帰る時も、常に体重の軽さに驚いていた。
このまま風船のように空へ飛んでいってしまうんじゃないかと恐ろしかった。
それなのにまた今回みたいなことがあったら、俺は……
黙り込んだ俺を、唯鈴は優しく抱きしめる。
「本当に、ごめんなさい……そんなに心配してくれてると思わなくて……」
なんでだよ……心配するに決まってんだろ。
だって唯鈴は、俺の……
……俺の、なんだ?
思い出せそうで思い出せない。
唯鈴と過ごしていると、たまにそう感じることがある。
やっぱりなんか忘れてんのか?
にしては思い出せなさすぎる……
「朔?」
心配そうな唯鈴の声でハッとする。
「ああ、いや……とにかく外に出るのはダメだ」
「朔のケチ」
「はいはい。ケチでいいから」
それから唯鈴は拗ねてしまった。
何か言おうとしたらその度ケチと言われてしまう。
それでも、唯鈴のことを思うと外出は許可できない。
どうしようかと悩んでいると、気づけば時刻は16時を回っていた。
ちょっとしたすれ違いを次の日まで引きずるのは、大きなすれ違いの原因となる。
だから今日中には機嫌を直してほしいんだが……
その時、俺のスマホからピロンと音が聞こえた。
見てみると、それは真琴からのメッセージで、唯鈴のお見舞いに3人でこちらに向かう、とのことだった。
「唯鈴、真琴たちが唯鈴のこと心配してきてくれるってさ」
その言葉に、唯鈴の体がピク、と反応する。
……お。
とりあえず、これで唯鈴の機嫌は良くなりそう。
ナイスタイミングでのメッセージに感謝しながら待つこと20分。
ピンポーン、とインターホンが鳴った。
唯鈴がすぐに玄関のドアを開けに行く。
「足元気をつけろよ」
「ええ」
そして玄関から唯鈴が顔を出すと、
「唯鈴!?動いて大丈夫?」
と真琴が驚いている。
昨日倒れたやつが元気に出迎えをしてきたのだ。
まあ、そうなるよな……
「ええ、だいじょう……」
唯鈴が質問に答えようとすると、明那が唯鈴に抱きついた。
「唯鈴~!よが、っだ……倒れだって、聞いてっ、私もう……うわあああん!」
「あ、明那……私は大丈夫よ。ね?だから泣き止んで……」
明那は号泣していて唯鈴も少し困っている。
「明那、ちょっと離れた方が……唯鈴大丈夫か?ごめんな、俺の誕プレ買いに行ったから……」
いつも明るく元気な昴がここまで落ち込んでいるのは珍しい。
余程ショックだったのだろう。
そんな昴のことを見ていたくなかったのか、唯鈴はすぐに昴のせいではないと否定した。
「違うわ、昴は何も悪くない。ただ私の体調管理不足よ。だから謝らないで?寧ろ謝るのは私の方よ……誕生日パーティ出来なくて……すぐ帰ってくるって言ったのに、ごめんなさい」
「何言ってんだよ、唯鈴が無事なのが1番だ!」
「ありがとう、昴」
「おう!」
唯鈴の声かけで、昴はすぐにいつものテンションに戻れたようだった。
「お前ら、玄関じゃなんだし入れよ」
そう言って3人を家に入れ、みんなでリビングの机を囲む。
「あっ、昴、ちょっと待ってて」
ソファに座ったかと思うと、立ち上がりどこかへ行く唯鈴。
まぁ、概ね予想はつくが……
俺が3人にお茶を入れていると、真琴が口を開いた。
「唯鈴大丈夫なの?」
やっぱ気になるよな……
「本人は大丈夫って言い張ってるんだが……あいつの大丈夫は信用出来ねぇからな。病院も嫌だって言うし」
「じゃあまだ安心は出来ないんだね……」
真琴のその一言に、リビングに沈黙が流れる。
すると、その沈黙を嫌がるように唯鈴が戻ってきた。
「昴!」
「お、おお、唯鈴。どうした?」
「昨日は渡せなくてごめんなさい。改めて、お誕生日おめでとう、昴」
そう言って、唯鈴は昴に誕生日プレゼントを手渡した。
「おお!ありがとう唯鈴!開けてもいいか?」
「ええ」
中から出てきたプレゼントに、昴は目を輝かせる。
「水筒!?めっちゃかっこいい!明日からこれ使うわ!ほんとありがとう、唯鈴!」
飛び跳ねて喜ぶ昴に、唯鈴は柔らかい無表情で、
「人に喜んでもらえるって、こんなに嬉しいのね……」
と呟いている。
昴の誕生日が、唯鈴にとって新しい気持ちを知れるいい機会になったようで良かった。
その後は、みんなの誕生日はいつなのか、なんて他愛のない会話をして、18時前に昴たちは帰って行った。
「誕生日プレゼント。喜んでもらえて良かったな」
「ええ。朔の誕生日は1月なのよね。最高の誕生日にしてみせるわ」
「それは楽しみだな」
「期待してくれてもいいわ。誕生日プレゼント、もう考えてあるから」
「もう?早くないか?」
「いいえ、朔にはあれが1番よ」
何をくれようとしているのかは分からないが、余程自信があるようだから長々と待っていよう。
そして、最も眩しい季節・夏が過ぎ去り、最も紅く染まる季節・秋がやってきた。