デート遠足以降、特に何の変哲もない毎日を過ごした。

いや、ここが特殊な学校である以上、普通の高校に通う生徒以上に何もなかったとは言い切れないが…。

拓人に自分の目的が金の夫婦の卵になることではないと話したため、それ程熱心にポイントを稼ぐことは二人ともしなくなった。

夏休みが終わり、二学期が始まる日、私の机の横には赤いインクの染み込んだスポンジが置かれていた。

周りを見渡すと、私以外の机の横にも置かれている。

ただし、女子の机の横にだけ。

ガラッと音がしたため、ドアの方を見ると、担任が入ってくるところだった。

そして、赤いスポンジのインクを靴の裏につけるよう指示された。

私は恐る恐る靴をスポンジに近づける。

「わっ!」

急に拓人が大きな声をあげたため、私はびっくりしてスポンジを強く踏んでしまった。
インクが少し飛び、私の顔にもかかる。

「うわぁぁぁぁ!何してんだ貴様ー!びっくりしたじゃねーか!もしこれでつんのめって転んで机の角に頭ぶつけたらどうしてくれんだ!?」

「その想像は結構飛んでません?」

私は真面目に言っているのに、拓人はそう言ってよく笑った。

クソ…。何だコイツ。夏休み中は全然話しかけてこなかったくせに…(私からも話しかけなかったけど)。

ほんとは、皆が楽しそうにデートの様子SNSにあげてるの、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、羨ましかったのに…。

私が唇を噛んでいると、学園長による放送が流れ出した。

「それでは二学期一発目のゲーム"ラブラブ校内レース"を始めるわ。ルールは簡単♡始業式を行う体育館に一番に到着した女子が優勝よ!」

放送を聴いて、それは走る速さの問題では?と思っていると、

「ただし床にインクは付けずに。靴を脱ぐのも禁止よ♪」

と追加の放送が入った。

攻略法がよくわからなかったので、私は拓人に問いかける。

「ハイハイとかほふく前進で行けってこと?」

すると拓人も納得したようで、

「なるほど…確かにハイハイは普段しない動きなので、使わない筋肉を動かせるでしょう…。それが狙い…?金の夫婦の卵はマッチョになってもらいたい…?」

とか言い始めた。

確かに、ハイハイをさせるとか、目的が不明すぎる。

二人で悶々としていると、廊下を走る二人の影が見えた。

いや、走っているのは一人だ。

なぜなら、一人はお姫様抱っこされているから。

「!?お姫様抱っこされろと!?」

「あぁ!そういうことですか!それならこのゲームの名前にも納得がいきます!」

何簡単に納得してんだよ!お姫様抱っこだぞ!?

「もうさすがに一位にはなれないでしょうが、取り敢えず行きますか。」

拓人は私をお姫様抱っこしようとしてくる。

つまり、初恋の人の顔が迫ってくる。

私はギュッと目を瞑り、体が浮く感覚を待った。

しかし、いつまで待っても何の変化もない。私は恐る恐る目を開けた。

拓人が、真面目な顔で、私を見ていた。

「どうした?早く行こうぜ?」

でも、拓人は首を振り、俯いた。

「……デート遠足のとき、運命の人がどんな人か気になって来たって、言ってましたよね。」

「ん?あぁ、言ったな。」

「本当に、それだけですか?」

「あ…?」

拓人の言葉に、私は眉を顰める。

「他の目的が、あるんじゃないかって、思うんです。僕。」

そう言った拓人を、私はまじまじと見つめる。

「なんで、気づいたんだ?」

「ペアが僕みたいなやつだからかもしれませんが、運命の人に出会った割に、嬉しくなさそうだな…と…。いえ、これはこじつけですね。ただの勘です。でも、そうなんですね…?」

「……。そうだよ。本当は違う目的で来たよ。」

「なんで、来たんですか?」

「…運んでよ、早く。今ゲーム中だよ。」

「そうですね。…じゃあ、行きましょうか。」

拓人は私を抱き上げ、走り出した。

私は拓人にギュッとしがみつく。

初恋の人に似てると言っても、拓人は全然別の人。

なのに忘れられないのは、ただ、新しい恋をするのが怖いだけじゃないのか。過去を言い訳にして、変わるのを恐れているだけじゃないのか。

そんなことを考えていたら、拓人のYシャツの肩の部分が、少し、私の涙で濡れた。