暗闇の中、彼の体温と呼吸と匂いを感じ、安心感と高揚感がない交ぜになった気持ちで身体を預けた。彼の胸元でスンスンと匂いを嗅いでみる。

「なんだよ。イヌみたいだな」

「真崎さんの匂い、好きなんです」

「俺の匂いって、加齢臭か?」

「加齢臭なんかじゃないですよ」

 彼は肌着の襟元を自分の鼻に近づけて匂いを嗅いでいた。

「分かんねぇや」

 彼は諦め、その代わりに私の背中に右腕を回して私を抱き締めた。つられて私も彼の腰あたりに左腕を回すなどしてみる。彼に優しく頭を撫でられ、胸がキュウッとなる。たまらなくなり、彼の顎髭に手を伸ばした。

「この髭も好き」

「うん?」

 指先で彼の唇をなぞった。

「この唇も」

 私はそっと触れるだけの口づけをした。彼は「ふっ」と笑って私がほしいものをくれる。でも全部じゃない。彼は深い口づけのあとで、「おやすみ」と言ってロマンスの終わりを告げた。

 悶々とする中、しばらくすると彼の寝息が聞こえてきた。え、寝た?

 私は彼に「抱かれた」ままいつの間にか眠りに就き、朝目覚めたら彼は既にベッドからいなくなっていた。身支度をしてカフェへ降りると、彼は厨房に立っていた。いつもの朝だ。

「おはよう。よく眠れたか?」

「おはようございます。まあ、眠れました」

「朝ご飯はいつものCセットでいいか?」

「お願いします」

 いつもと何も変りない。こんなに意識しているのは私だけ?


 まあ、この日眠りに就いたのは深夜だったから、タイミングがよくなかっただろう。

あの夜の偶然以来、私は一、二週間に一度くらい、それとなく彼のベッドにお邪魔するようになったが、この期に及んで「抱かれる」のも「床を共にする」のも「身体を重ねる」のも、すべて文字通りでしかなかった。

結局ベッドの上ですることと言えば抱き合ってせいぜいキスをするくらい。私の胸すら触ってこない。いつそのときがきてもいいように、せっかくいい下着をつけているというのに。

私に女としての魅力がないってこと?

 「今夜こそは!」と秘かに息を巻いて彼の寝床を訪れるが、毎回期待と女としてのプライドを打ち砕かれる。