それから数日後、私の風邪はすっかり完治した。

風邪が治ってからしばらく経ったある日、私は仕事が早く終わったので、閉店後の店内清掃を手伝っていた。ふたりきりの店内で、静かに掃除をしている中、真崎さんはおもむろに口を開いた。

「今夜さ」

 彼は少し言い淀んで、次の言葉を紡いだ。

「君がよければなんだけど…俺の部屋、来る?」

 初めての彼からのお誘いにいささか戸惑いながらも、答えに迷いはなかった。

「はい」

「じゃあ、掃き掃除終わったら風呂入っておいで」

「あ、はい」

 彼の意図することを察して急にドキドキしてきた。

私は早々と掃除を終わらせ、お風呂に入って入念に身体を洗った。ムダ毛のチェックも怠らない。いつそういう場面が訪れてもいいようにいつもきれいにはしているけど。私ってがっつきすぎ?

 お風呂場の鏡に映る私の顔をふと見ると、だらしなく口元が緩んでいた。慌てて両手でゴシゴシと顔を擦った。こんな間抜けな顔を合わせるわけにはいかない。

 お風呂から上がると、丁度彼がカフェから戻ってくるところだった。

「俺の部屋行ってて。先に寝るなよ」

「はい」

 さっきから私は彼の言うことに「はい」しか言っていない。緊張しているのだろうか。

 部屋はサイドテーブルのルームランプだけをつけ、ベッドの中で仰向けに気をつけの姿勢で静かに待っていた。これから始まることを想像すると、眠れるわけがない。

 程なくして彼が部屋に入ってきて、ベッドの中に身体を滑り込ませた。彼の身体はお風呂上がりでほかほかしていて、ほんのりボディソープの匂いがした。

「今日はお酒飲まないんですね?」

 今日は休肝日の木曜日ではない。

「うん。今日みたいな日は飲まない」

今日みたいな日…。思わずドキリとしてしまう。

「飲んでる間に美晴が寝たら困るし」

 彼は肘枕をしながら私の頬を指先で撫でた。私だけに向けてくれる優しい目に吸い込まれそうになる。