なんだかイャな予感がした。
昼ご飯が終わって工房に戻ったが、まもなくすると煮物を作っている香りがした。いつもなら夕方からしか料理をしないのに、なんで今日は早いんだろう・・・
少しすると物音が全くしなくなった。いつも出かけるときは声を掛けて行くのに・・・
どうしても気になり母屋に行ってみた。
すると食卓の上に見慣れぬスケッチブックが置いてあった。あわてて中を見ると今まで食べさせてくれた俺が好きだった料理が描かれていた。
そして最後には手紙が・・・・・・
馬鹿野郎‼!
俺は急いで軽トラを発進した。
少し走らせているとこっちに向かってバイクが来る。船宿の茂だったので必死に止めた。
「おーい、女の人が一人で歩いていなかったか?」
「ああ宗玄先生、いましたよ。港の方に行きました。」
「そうか。ありがとう。」
俺は追いかけた。
・・・ダメだ、行くな、楓・・・
楓がびしょ濡れになり、バス停にいるのを見付けたときは、助けなくてはという思いだけだった。
訳ありであることはすぐに分かった。
そして、渚が東京に行き、楓が工房に残ってからは毎朝起きるのが怖くなった。
台所から物音が聞こえると、ああ今日も居てくれたとほっとした。
大して会話はしないがたまに言葉を掛けるとしっかり返事をしてくれる。楓のまじめさが伝わってきた。
そして楓は俺の顔をじっと見つめているときがあるが、それを気が付いていないかのように振舞った。
でも楓の作る料理はおいしくて、どうしても口元が緩んでしまうことがある。するとその後の楓は目元が優しくなった。
そんなちょっとした楓の変化を見付けるのが嬉しくなった。
・・・俺は久しぶりに恋をしている・・・
・・・下手に行動を起こして今の関係性が壊れてしまうことが怖い・・・
・・・何もすることが出来なかった・・・
・・・放したくない・・・放したくないんだよ、楓・・・
この時間だと神津島行か・・・あと15分だ。
港に着いて必死に走った。ちょうど神津島行の乗船を開始したところだった。
「楓! 」
大声で叫んだ。
楓はその声に反応した。
「先生・・・」
「楓、行くな! 」
俺は楓の手を掴んだ。
「だめだ、こっちにこい。」
無理やり手を引いて船から離れさせた。
「先生、行かせてください。正志さんのところへ・・・」
「だめだ。行かせない。」
「離して・・・」
「離さない。絶対に離さない。」
楓は泣きながら俺から逃れようとしている。
「先生・・・離して・・・」
俺は楓を離すまいと、しっかり地面を踏ん張り抱きしめた。
船は港を離れた。
「なんで行かせてくれなかったんですか・・・」
「死ぬつもりだったんだろ。旦那さんを追って死ぬつもりだったんだろ。だめだ、絶対に死なせない。生きていると必ずいいことがあるから・・・死んではだめだ・・・・・・楓・・・」
「うっ・・・」
楓は俺の作務衣を掴んで泣いていた。
俺は楓が泣き止むのを待ち、しっかりと楓の腰を掴むようにして歩き始めた。
「帰るぞ。」
楓を軽トラに乗せて工房に向け走った。