食材が底をつき、先生と地元の産物を売っている市場に買い物に行った。
そこには季節の野菜や特産物が沢山売っていて目移りした。

「何でも買っていいぞ。」

先生はそう言ってくれるが二人だけだから大量にはいらなかったので、適度な量を購入した。

「こんなもんでいいのか?」

「あまり買っても悪くなってしまいますから・・・」

「そうか、また来ればいいか・・・」


・・・また来るのだろうか・・・


渚は帰ってこない。
規則正しい生活は続いた。
先生は工房で何でも作っていいと言ってくれたが、作るとまた1ヶ月待たなくてはいけないので、作りにはいかなかった。

渚が貸してくれている服はあるものの、流石に少し服を買おうとバスで買い物に出た。
コンビニでお金を下そうと残高をみると九州のアパートの家賃収入が入っていた。父の残してくれた収入源・・・正志さんのアドバイスで売らずに残しておいたものだ。それと祖父母からもらったものやわずかばかりの両親の遺産など・・・皆のやさしさが伝わってきた。


・・・空の上から皆が私を守ってくれている・・・


午後は暇だった。
大島の観光地もほとんど見てしまった。どこかでスケッチ旅行に来たと言ってしまったことを思い出して、慌ててスケッチブックの小さいものと色鉛筆と鉛筆削りを買った。

絵も描くのは中学生以来ではないかと思った。
何を描くか悩んだが、風景ではなく毎日作った料理を携帯で写真を撮っておき、先生が食べた反応で好きか嫌いか気に入っているかどうかを観察して、気に入っているらしき献立を描いた。作り方も一緒に。
先生は料理が気に入った時は目がいつも優しくなる。その時はまつ毛が何故か長くみえる。その先生の顔が絵を描いている間浮かんだ。
このスケッチブックを先生へのお礼にしようと決めた。



渚が東京に行ってから1ヶ月が経過した。
先生との生活は居心地が良く、これ以上一緒に居ることに不安を感じてきた。

「工房にきませんか? 窯から器を出します。」

先生が工房に誘ってくれた。
先生は窯から器や皿を出した。その中に他とは明らかに違う私が作った器が2つあった。灰を払って見せてくれた。

「よかった、割れていない。大きい方の器には椿の釉薬をかけた。小さい方には楓の釉薬を半分だけかけた。土を選び釉薬を選ぶと無数のかけ合わせが出来るんだ。どう、初めて作った器は? 」

「素敵です。自分で作ったものでないみたい。やっぱり先生が手を加えてくれたからですね。」

「入れたいものが明確だったからいいものが出来たと思う。僕はね、器だけが素敵でもダメだと思っている。中に入れるものとの調和が大切なんだ。」

「楓さん、約束通りこの間の煮物と酢の物を作ってこの器で食わせてくれ。」

「はい、わかりました。明日作りますね。」


・・・明日が最後だ・・・
・・・美味しいものをお作りしなくては・・・



次の日の午後、煮物と酢の物を作った。初めて作った器に先生が好きだと言ってくれたこの料理を入れた。そして、スケッチブックに絵と作り方も書いた。
そして、先生へのお手紙も添えた。

—先生
—大変お世話になりました。土砂降りのあの日に先生に助けていただいたこと感謝しています。先生のやさしさにこれ以上甘えてはいけないと思います。
—私は主人のところに参ります。
—1ヶ月間お世話になり、素敵な器も作らせていただきありがとうございました。
—冷蔵庫にお料理が入っています。夜召し上がってください。
—スケッチブックには先生が美味しいと言ってくださった料理のレシピが書いてあります。
—お酒はほどほどに。
—お元気で。
—楓


料理を入れた器を冷蔵庫に入れ、スケッチブックを食卓の上に置いてお辞儀をした。

先生に見付からないようにそっと家を出て、港に向かった。
港から神津島行の船が出ているのでそれに乗ろうと思っている。今度こそ神津島で正志さんに会える場所を探す。
海沿いの道を港の方へ歩いた。

夏の日差しが肌を刺した。