何処をどう走ったか覚えていない。
駅に行き、止まっていた電車に飛び乗った。行先も確認せずに・・・どこでも良かった。
・・・どこにも行先なんてないから・・・
何本も電車を乗り換えた。
どの位電車に乗っていただろう・・・
車掌に終点ですよ、と言われ電車を降りたら、外はすっかり暗くなっていた。
通り過ぎる人が奇異な目で私を見ていく。
喪服を着た女が一人ネオン街の小さな公園のベンチに座っている。
「あんたどうしたの。こっちにいらっしゃい。」
細身で長身の綺麗な女性がいきなりぐいっと私の手を引いた。
「あの・・・」
「いい女があんなところに居ちゃダメでしょ。こっちにいらっしゃい。」
この女性が経営しているらしきバーに連れてこられた。
「喪服なんか着ていないでこれにでも着替えなさい。」
その女性の勢いに負けて言うとおりにした。
服は少し大きかったけどそれに着替えた。
「喪服着て、今にも死にそうな顔していたら放っておけないよ。今は働きな。何かしていればその間はイャな事は忘れられる。まずはこれ食べて。」
コンビニの袋から菓子パンを一つ出してくれた。そして半ば強引にその女性は洗い場の仕事を提供してくれた。
お店は静かなバーで時間になるとお客さんはそこそこ入っていた。この女性が一人で切り盛りしている店のようだった。
12時過ぎに店は閉まった。
「あんた泊まるとこないんでしょ。家来る?」
私はついて行った。
「何があったか知らないけど、死ぬんじゃないよ。部屋はあるからいつまで居てもいい。でも少し店を手伝ってほしい。それが条件。どう? 」
「お願いします。」
「わかったわ。ところであんた名前は? 」
「楓です。」
「そう。私は徹。」
「えっ? トオル・・・」
「男よ私・・・でも安心しなさい女は抱かないから。それに彼氏もいないし。」
そう聞いてもちょっと信じられなかった。綺麗な肌をしているし、化粧もきれいな薄化粧だった。声も男っぽくなかったので、男だとはまったく思わなかった。でもよく考えれば引かれた時の手はごつかったし力が強かった。
「人にはね、いろんな人生があるの。だからあきらめちゃだめよ。」
その時は、私にこの言葉は届かなかった。
・・・私は正志さんのことを愛している・・・
・・・今正志さんのことを考えることは怖くてできい・・・
・・・そして直哉さんのことは・・・
・・・初めはたしかに正志さんの代わりだった・・・
・・・でも直哉さんは私のことを大切にしてくれる・・・
・・・だから好きなの? 側にいてくれるから好きなの?・・・
・・・一緒に居ると安心することは確かだけど、本当に好きなの・・・
・・・わからない・・・
・・・今は考えたくない・・・
答えは無かった。