—家に戻りました。
それだけを直哉さんに送った。
直ぐに返事が来た。
—夕飯食べましょう。下北沢の〇〇に7時に来れますか?
直哉さんは家に来てくれると思っていたので、外で会うという誘いが意外に思えた。
でも会いたかったので了承した。
—はい。行きます。
下北沢には久しぶりに来た。大して大きなビルもなく、道が狭くごちゃごちゃしており、なんとなく温かみのあるおもしろい町だ。
駅から5分位のところに直哉さんが指定した店があった。店はビルの地下にあり、落ち着いた雰囲気のビストロだった。
店に入り店内を見渡したが直哉さんはまだ来ていなかった。約束の時間までは少しあった。
「ごめんなさい。お待たせしました。」
直哉さんは息を切らして駆け込んできた。
直哉さんの顔を見た途端、涙が頬をつたった。
「お姉さん大丈夫? 」
驚いて私は直哉さんを見た。
・・・まだ・・・まだ、お姉さんと呼ぶの・・・
・・・あれは何だったの・・・ただほんとうに優しさだけで私を抱いたの・・・
混乱した。
「大丈夫よ、直哉さん。またあなたに助けてもらった。私が倒れたとき家まで運んでくれたって聞きました。」
「お姉さんは疲れていたんだよ。仕方ないさ。」
「ありがとう。」
「これからどうするの? 」
「・・・まだ何も考えていないわ。」
「そうですか・・・また相続しなくてはいけませんね。」
そうだった。またやらなくてはいけないのだ。
「僕が出来る限りやりますよ。もう僕が出来る。」
「ありがとう。お願いします。」
「私は少しずつ家の整理を始めます。」
「あの家を出るつもり?」
「一人だと広すぎるし、正志さんの思い出がありすぎるから居られない。いずれは出ます。」
「そうですか・・・わかりました。僕何でもお手伝いしますので連絡ください。」
二人は軽く食事をした。あまり会話は無かった。
「お姉さん、お送りしますよ。」
いたたまれなかった。
・・・やっぱりお姉さん・・・はやくここから立ち去らなくては・・・
「大丈夫です。まだ早いから一人で帰れます。」
逃げるように一人で電車に乗って帰った。
・・・直哉さんは私を抱きしめてくれると思っていた・・・
・・・楓と呼んでくれると思っていた・・・
・・・家に来て抱いてくれると思っていた・・・
・・・それなのに・・・お姉さんって・・・何なの・・・