翌日
雄一伯父さん、良子さん、妙子さん、そして私が席に着いた。
正志さんは仕事があるので朝一番で東京に戻っていた。
弁護士側は先日お会いした多田先生と、秘書らしき若い男性が席に着いた。
多田先生が進行を務めた。
「お集まりいただきありがとうございます。三崎家御党首 三崎 栄一様がお亡くなりになりましたので、その相続についてお話申し上げます。」
「父は遺言書を書いていたよな。」
雄一伯父さんが言った。
「はい、書かれていました。しかし、つい先日お伺いしたときに、今の遺言書は破棄してくれとのご依頼がございましたので、その場で破棄いたしました。そして新たに作り変えるとおっしゃいまして、そのご指定の日が実は亡くなった日でした。」
「では遺言書は無いということか?」
「はい、ございません。従って法定相続人は雄一様と、雄二様のお子様である楓さんということになります。」
「楓が・・・」
「はい。代襲相続でそうなります。」
「ばかな・・・」
いつも温厚な雄一伯父さんもこの時は厳しい顔で私を見た。
良子さんも妙子さんも私を睨むような目で見ている。
私はいたたまれなかったが、深呼吸をするように息を吸い込んでからゆっくり吐いて、意を決し発言した。
「あの、私・・・相続放棄をしてもよろしいでしょうか。」
その席にいた全員が私を見た。
多田先生が私にゆっくりとやさしく尋ねた。
「楓様、相続放棄となりますと相続できるすべての物を放棄するという事になります。あとから取り消しも出来ませんが、本当によろしいのですか? 」
「はい。私には子供もおりませんし、今特に生活にも困っておりません。ですから結構です。雄一伯父様にこの三崎家を継いでいただき、その後も三崎家を継承していただけるようにしていただければ私は結構です。」
三崎家の3名は唖然とした顔をしていた。
「楓さん・・・ありがとう。恩にきます。」
雄一伯父さんは机に両手をついて頭を下げた。
それもそのはずだった。この莫大な三崎家の財産を維持するには多額の相続税を払わないといけない。大変なことは聞かなくてもわかる。昨日正志さんとは話をして、私が相続放棄をすることを了承してもらっていた。その時正志さんは「楓らしい決断だ。」と抱きしめてくれた。
「ひとつだけお願いがございます。お爺様とお婆様のお写真を頂戴できませんでしょうか。できればお二人が一緒に写っているものがあればそれを・・・それを頂きたいです。」
「楓さん、僕が責任を持ってお送りします。」
雄一伯父さんが約束してくれた。
「では、私はこれで失礼してよろしいでしょうか。」
私はもうこの席に居るべきではないと思ったので、皆にお辞儀をして早々に玄関に向かった。
「待って! 」
靴を履き玄関を開けようとしたそのとき、妙子さんの声がした。
「楓さん、ありがとう。それといろいろごめんなさい。」
「妙子さん・・・何も・・・あなたは悪くないです。だから謝らないで。」
「楓さん・・・」
妙子さんは玄関のたたきまで下りてきて私を抱きしめて言った。
「ありがとう・・・こういう人だから、こういう素敵な人だから、正志さんはあなたを選んだのね。わかった気がする。・・・お幸せにね。」
妙子さんは私から離れ、小走りに部屋に戻っていった。
彼女の目には涙が光っていた。
まだ正志さんのことが好きで吹っ切れていないことは感じ取れたので、複雑な気持ちだった。
・・・もうこれで私も三崎家に来ることは多分ない・・・
私は深く一礼をして三崎家を後にした。
雨・・・母の危篤の知らせを聞いた時もここは雨だった。まだ9月なのに冷たい雨だった。
淡々と日々が過ぎていった。
毎日同じことの繰り返し、それは幸せなことのはず。でもいがいとそれに気が付かない。
私は、母がやっていたことを思い出し、季節の食材や節分やお盆など季節の営みを大切にして、日々の変化を正志と楽しんだ。
正志さんは子供のことは自然に任せようと言ってくれた。正志さんはもうあきらめているのだろう。
週末、1日は近所の子供たちとサッカーをして、もう1日は私の為に使ってくれた。
いつも私のことを気にかけてくれている。これ以上の幸せを望んだらいけないと思った。
そしてこの時はこの幸せがずっと続くと思っていた。