まだ暑さが残る9月の半ばだった。
朝6時半に携帯が鳴った。私の携帯だった。
表示には番号しか出ていなく、誰だかわからなかったが恐る恐る出てみた。
正志も電話の音で起きてしまった。
「はい、坂口です。」
「楓さん、雄一です。朝早くにすみません。今日朝、父が・・・お爺さんが亡くなりました。」
「えっ? どこかお悪かったのですか? 」
「いえ、いつも父は5時半ごろ起きて居間に来るのです。音がしないなと思い、寝室に行ったところ亡くなっていました。今主治医を待っているところです。」
「それでは、突然死ですか? 」
「わかりませんが、穏やかな顔をしていましたので苦しまずに逝けたと思います。」
「そうですか・・・あの、私これから準備をしてまいります。」
「はい、わかりました。お待ちしています。」
「楓、お爺様が亡くなったの? 」
「そう。朝起きてこないと思ったら亡くなっていたって・・・。」
「そうか、まだ元気そうだったのにな。お婆様が亡くなって寂しかったのかな。」
「そうね、私は直ぐに準備して行きます。」
「俺は一度会社に行かないといけない。悪いけど、葬式の日程が決まったら連絡をくれるか。」
「行きますか? 」
「行くよ。俺も世話になったからな。もういいだろ、妙子さんだってわかってくれるさ。」
「はい、では連絡を入れますね。」
私は三崎家に向かった。
父が亡くなってから何度佐原に行っただろうと電車の中で回想した。
何といっても正志さんに出会えた。お爺様お婆様にも、そして雄一伯父さんに良子さん、妙子さん、正志さんのお義父様お義母様、直哉さん、お友達の根岸さん、10人以上の人に出会うことが出来た。
しかし、出会いは私を複雑にした。
仕方のないことだけど、出会いがあれば別れもある。折角出会えたのにお爺様もお婆様もあまりにも早い別れだと悲しくなった。
三崎家は大騒ぎになっていた。
町の旧家である三崎家の当主が亡くなったのだ。それも突然に。お爺様は昔町長をやっていたことがあるので、現町長や役場の人、警察など多くの人が出入りしていた。
お爺様は老衰だったという。大往生だと皆が話をしていた。
雄一伯父さんは様々な対応で忙しそうだったので、良子さんのところに行った。
「良子さん、お手伝いいたします。」
「ああ、楓さん、来てくれたのね。急のことで私も何をしていいのかわからないの。とりあえず、お客様がいらしたらお茶をお願いします。」
「はい、わかりました。」
良子さんとは今まであまり話をしたことが無い。話が続かない。妙子さんもいたが私と目を合わそうとしなかった。
葬式の日程が決まった。
お通夜が明日、告別式は明後日になったと正志さんに連絡をした。
正志さんからは通夜から参加して1泊して告別式にも出ると返信があった。
お通夜の日は正志さんの誕生日だった。また、当日にお祝いが出来ないのが辛かった。
お爺様の葬儀は盛大だった。
どこにこれだけの人がいたのかと思うほど、焼香の列ができた。きっと町中の人が来てくださったのだ。
根岸さんも来てくれて、正志さんとずっと話をしていた。妙子さんは相変わらずで、私にも二人にも近寄らなかった。
私は、通夜振る舞いの手伝いをしたが、弔問客が多かったので目まぐるしかった。
少し落ち着いた時だった、一人の初老の紳士から声をかけられた。
「坂口 楓さん、旧姓 三崎 楓さんですね。」
「はい、そうです・・・」
「私は三崎家にお仕えしております弁護士の多田と申します。」
「そうでしたか。存じませんで・・・」
「相続の件ですが、お父様の雄二様がお亡くなりになっていますので楓様が代襲相続者となられます。少し早いのですが告別式の次の日、相続対象者にお話がございますので残って頂けますか? 」
代襲相続のことは知らなかった。多田先生によると、相続対象者である人が亡くなっている場合にその子供が相続対象者になるのだという。三崎家の相続のことなど考えもしていなかったので驚いた。
「わかりました。残ります。」
告別式が終わり、お爺様は荼毘に付された。
お婆様の時と同じ火葬場。今日も天気がいい・・・
私は空に昇っていく煙に向かって、
お婆様とそして父と会えますように・・・
とつぶやいた。