病院に着いたときにはすでに母は亡くなっていた。
先生が私の到着を待っていてくれた。

「19時27分にお亡くなりになりました。」

「・・・お世話になりました。」

「お母さんの顔見てあげて。」

先生は母の顔にかかった白い布を外してくれた。
安らかな顔をしていた。
母の頬を触るとまだ少しだけ暖かかった。
こらえていた涙があふれ、ずっと母に縋って静かに泣いた。
正志さんはじっと側で肩を抱いていてくれた。

部屋では無情にもフォトフレームが幸せな時を振りまいていた。



病院の霊安室に母をお預けして家に帰った。

夜遅かったが、正志さんは三崎家に連絡を入れてくれた。お爺様と話しているようだった。

「わかりました、相談して明日朝にご連絡いたします。」

そう言って正志さんは電話を切った。

「楓、お爺様がね、お母さんの葬儀を三崎家でやったらどうかって。遺骨も三崎家の墓に納骨していいって。どうする? 」

「ありがたいことだけど、少し考えさせて。」

「何か問題あるの? 」

「・・・正志さん・・・話すか迷っていたのだけど話すね。今日、妙子さん居なかったでしょ。妙子さんはあなたのことを小学校の時から好きだったそうです。だから私と結婚したと聞いてふさぎ込んでしまったらしいの。だから今日いなかったのよ。」

「・・・知らなかった。ただ仲のいい同級生だと思っていた。」

「まったく気が付いていなかったのね。知ってしまって三崎家で葬儀ってどうかな? 」

「そうだな・・・」

「特に葬儀にお呼びする方もいないからこちらの斎場で荼毘に付し、初七日に三崎家の墓に納骨してもらおうかな。本来なら納骨は四十九日だけど初七日の法要をお墓でしていただいてその後納骨でいいと思う。そのように私からお婆様に話してみる。それでお婆様からお爺様に話していただこうと思うの。」

「わかった。楓の想うようにしたらいい。」

次の朝、お婆様に連絡を入れた。
お婆様は私の想いを受け入れ、お爺様を説得してくれると約束してくれた。



斎場で母と最後のお別れを済ませ、火葬が終わるまでの間父の時と同様に私は外にいた。
私の気持ちと裏腹に天気がいい。まだ1月の寒い時期なのに日差しが暖かく、正月明けのせいか空気がやけに綺麗に感じた。


 空に煙が昇っていく・・・
 お父さんの側に行けますように・・・


唯一父の時と違うのは、私の肩をしっかりと抱きしめてくれている正志さんが隣にいることだった。
母が亡くなったことは辛い、でも最後に私の幸せの姿を見せることが出来た。
そして正志さんがいれば私は生きていける。でも、もう私には正志さんしかいない。そう思うと急に涙が出て正志さんの腕の中で声を上げて泣いた。


初七日と納骨の日、霊園にある会場をお爺様が予約してくださり、父の時と同じお坊様が法要をして下さった。
その法要にはお爺様とお婆様の他に、雄一伯父さんと正志さんのご両親もいらしてくれた。

「お義父様、お義母様お忙しいところありがとうございます。」

「お母様早かったわね。もう少し時間があるかと思ったけど。楓さん大丈夫? 」

「はい、大丈夫です。正志さんのおかげで母にウエディングドレス姿を見せてあげられたので・・・私は大丈夫です。」

「正志、しっかり楓さんを支えてあげなさいよ。」

お義母様は正志さんの背中をポンと叩いた。


お墓の前にみんなで移動した。

「凄いな・・・」

お義父様がつぶやいた。

「俺も初めて見たときに驚いたよ。」

正志さんとお義父様が話している。

「三崎家の格式が分かるな。うちとは違う・・・」



納骨が終わり、父の時と同様に和食の店に行った。
お義父様とお義母様は仕事があるので先に戻っていった。

「楓さん、気を落とさないように。でも正志がいてくれて本当に良かった。」

お爺様はやさしく私と正志さんに言った。

「なにかあったら言うのよ。我慢したらだめですよ楓さん。」

お爺様とお婆様は優しかった。両親は亡くなってしまったけど、私には頼れる親戚がいる。ありがたい。



お爺様とお婆様をお家までお送りして、この間頂いたのに持ち帰れなかった御着物の包みを受け取り帰ろうとしたその時だった。
妙子さんが買い物から帰ってきて玄関で鉢合わせした。

「あっ。」

妙子さんは踵を返して走った。

「待って!」

正志さんは追いかけ、妙子さんの腕を掴んだ。

「待ってくれ妙子ちゃん。俺はまったく君の気持ちに気が付いていなかった。すまん。楓は何も悪くない。だから従妹として付き合ってやってくれ。頼む。」

正志さんは妙子さんに頭を下げた。

「わかっている・・・わかっているけど・・・すまんなんて謝らないでよ・・・」

妙子さんは泣いている。

「どうしても・・・ううん・・・わかっている、あなたたちは悪くないのはわかっているの。だから・・・少し時間をください。」

妙子さんは走ってどこかに行ってしまった。
私は妙子さんの気持ちがわかった。片思いで長い間思い続けていたその人をいきなり現れた女が、それも従妹という血の繋がりのある女がかっさらってしまった。辛いに決まっている。
妙子さんの気持ちを思うと何も言えなかった。