次の日、午前中に父のお墓参りをすることに予定を変更した。
実家から正志さんの車を出し、公園墓地に向かった。
「すっげーなこの墓。」
正志さんは驚いている。
「私も驚いたのよ。これで個人の墓なんて。」
「そうだよな。さすがだね、三崎家。」
たっぷりの花を供え、線香を手向けた。
正志さんは墓前で父に結婚のあいさつをしてくれた。
いつもこういう正志さんの心遣いが嬉しい。
そして3時近くに三崎家に行った。
玄関周りには正月飾りはなかった。
父のために喪中にしてくれているのだろう。その心遣いが嬉しかった。
「いらっしゃい。」
雄一伯父さんが出迎えてくれた。
「ご挨拶が遅くなりました。夫の坂口 正志です。」
「正志君、覚えているよ。根岸君と二人でいつもやんちゃしていた。剣道習いに3年くらいは来ていたかな。」
「すみません。剣道以外のことほとんど覚えていなくて。」
正志さんは頭をかいた。
「僕はほとんど剣道場には行かなかったからね。妙子と君たちが同級生だったから覚えているんだ。」
「今日妙子さんは? 」
私は妙子さんと話がしたかったので聞いた。
「・・・ちょっと用事で出掛けている。」
「そうですか、残念。お会いできると思って楽しみにしていました。」
「・・・まあ、上がって。爺さん達待っているよ。」
お二人とも居間にいらした。
「お爺様、お婆様・・・」
喪中なのであいさつの言葉を迷ってしまった。
「楓さん、おめでとう。これは結婚のおめでとうね。」
お婆様が笑顔でそう言ってくれた。
「正志、立派になったな。まさかこういう形で再会するとは思っていなかったよ。」
お爺様は懐かしそうに正志さんを眺めていた。
「ご無沙汰して申し訳ございません。子供の時は本当にお世話になって・・・」
「やんちゃだったからな、言うこと聞きゃしなかった。でも剣道は強かった。根岸君と二人で切磋琢磨して二人とも強くなった。懐かしいな・・・まさか楓と結婚するとは・・・楓のこと頼むよ、大切な孫だからね。」
「はい。大切にします。」
お爺様は本当に嬉しそうだった。
「楓さん、ちょっと車椅子押してくださる? 」
「はい。どちらへ・・・」
お婆様は自分の部屋に案内をしてくれた。
「楓さん、あなたに差し上げたいものがあるのよ。そこの包みを見てください。」
大きめのウコン染めの風呂敷包みが置いてあった。
「御着物ですか・・・」
「そうです、色留め袖と黒紋付が入っています。三崎家の紋が入っているものよ。あなたに差し上げます。」
「よろしいのですか? 」
「結婚するときには持たせるものなのよ。もともとは私のものですが、あなたの身長に合わせて直しておきましたからね。」
「ありがとうございます。着物は持っていないので嬉しいです。」
「色留めそでは楓柄なの。あなたにピッタリでしょ。帯や草履、帯揚げ等の小物もそこにありますから、荷物になるけど持って行ってね。」
「お婆様ありがとうございます。とても嬉しいです。」
「それとね、ひとつお話しておかないといけないことがあります。お話するか迷ったのだけど楓さんは知っておいた方が良いと思ってね。」
「・・・はい。」
「あなたの旦那様、正志さんは妙子の初恋の相手なのです。」
「えっ? 」
「今日妙子いないでしょ。会いたくないって出掛けてしまったの。でもね、初恋って言っても特にお付き合いしていたわけではないの。小学校の時剣道を習いにこの家に来ていた時からずっと正志さんのことを見ていたわ。そして中学、高校とずっと好きだったの。それはそれはずっとね。だからこの間楓さんから結婚の報告があり、お相手が正志さんと聞いてそれからずっとふさぎ込んでしまったのよ。」
「・・・そうだったのですね。全く知りませんでした。正志さんや根岸さんからも同級生ということしか聞いていませんでした。」
「そうでしょうね。正志さんはまったく妙子のことを意識していなかった。ただちょっと仲の良い友達だったのよね。」
「せっかく従妹が出来て、仲良くできると思ったのに・・・」
「そうね、残念だけど時間がかかりそうね。時間が解決してくれると思うけど・・・」
「わかりました。お教えいただきありがとうございます。・・・あの、一つお聞きしていいですか。良子さんもいらっしゃいませんが妙子さんとご一緒ですか? 」
「そうです。でもね、ちょっとそれにも理由があります。良子さんは私と折り合いが悪いの。だから私の世話は妙子がしてくれています。それで二人一緒に出掛けてしまったのよ。」
聞いてみないとわからないこともある。なにも問題ない家族だと思っていたのに・・・
「お婆様・・・あの、私も見ていただきたいものがあります。もう一度居間によろしいですか? 」
お婆様の車椅子を押して居間に戻った。
居間では正志さんとお爺様が剣道の話で盛り上がっていた。
「あらあら楽しそう。お爺様の笑い声を久しぶりに聞いたわ。」
お婆様が楽しげに言った。
「お二人に見ていただきたいものがあって・・・」
母と撮った写真をお爺様とお婆様に見せた。
「母はもう長くないので、正志さんがウエディングドレス姿を母に見せようと計画してくれて病院で写真を撮りました。それがこの写真です。」
お婆様は涙を浮かべた。
「いい写真ね。暖かい・・・正志さん良いことしましたね。」
「楓さんのお義母様は楓さんに似て、とてもやさしい良い方です。」
「あなたのお母様にも悪いことをしてしまったわ。余命短いと聞きましたが大切にね。」
「はい、出来る限りのことをしたいと思います。あの、よろしければこの写真差し上げたいのですが、貰っていただけますか? 」
「ありがとう。この正志さんとお二人の写真もとても素敵よ。私が持っていますね。」
「はい、そうしていただけると嬉しいです。」
「正志、本当に楓のこと頼むぞ。お前が頼りだ。」
「はい、楓さんをしっかり支えます。」
正志さんはお爺様にそう答えてくれた。
お婆様は私の手を握って、「よかったわね。」と言ってくださった。
「ねえ、夕飯食べて行って。お寿司取りましょう。今日からお寿司屋さんやっていますからね。」
「はい、ありがとうございます。」
お寿司が届き、雄一伯父さんと5人でいただこうとしたとき、私の携帯が鳴った。
「はい、三崎です。・・・はい・・・えっ・・・・・・はい・・・わかりました。・・・2時間くらいかかります。伺います。」
「病院からか?」
「母が・・・母が危篤です・・・」
「帰ろう。直ぐに。」
「正志、運転気を付けるんだよ。」
「はい、ホテルで荷物取ってすぐに帰ります。」
二人は急いで三崎家を後にした。
外は雨が降っていた。
水たまりを車が通る音がやけに鋭く聞こえた。