弟さんの勤めている事務所が入っているビルに着いた。
あまり新しくはないが、弁護士事務所など多様な会社が入っている総合ビルで、事務所の名前は滝会計事務所、6階にあった。


「失礼します。」

正志さんはそう言って事務所に入った。
その声を聞いて一人の若い男が振り返り出て来た。

「おう、直哉(なおや)。」

正志さんはこちらに歩いてくる若い男の人に声をかけて手を上げた。弟さんだ。

「兄貴、こっちの会議室にどうぞ。」

弟の直哉さんは私に会釈して二人を会議室に通した。

「ちょっと待ってて。」

そう言って直哉さんは会議室のドアを閉めて出ていった。
直ぐにお茶を持った女性が部屋に入ってきた。私達来客用が2つと社員用が3つだった。


ノックの音がした。ドアが開き、風格のある男性と40代後半くらいの男性、そして直哉さんが入ってきた。
直哉さんは立ち止まり話し出した。

「紹介します。こちらは滝会計事務所の滝所長と、その息子さんの滝先生です。」

「直哉の兄の正志です。いつも弟がお世話になっています。そしてこちらは三崎 楓さんです。お父様がお亡くなりになり相続の件でお伺いしました。」

皆、名刺交換をはじめた。

直哉さんは私に名刺を差し出した。

「正志の弟の直哉です。よろしく。」

直哉さんは正志さんより細身だけど身長は同じくらい、顔つきは少し違うけど声はよく似ていた。

「三崎 楓です。正志さんにはお世話になっています。」

お辞儀をして顔を上げると直哉さんの笑顔があった。笑顔の素敵な青年だと思った。


「三崎さん、お父様は残念でした。まだ何も手に着かないかもしれませんが、相続の為にはいろいろとしなければいけないことがあります。それをご説明したいと思います。説明は息子が行います。すみませんが私はこれから出かけなくてはいけないのでこれで。」

滝所長は一礼して早々に席をはずした。


息子の滝先生は、書類を一部正志さんと私が一緒に見られる場所に置いた。
その書類には揃えなければいけないものが一覧で書かれており、滝先生はそれを一つひとつ説明してくれた。
聞いているだけでも大変さがわかった。長野にも行かないと揃わないこともわかった。

「お母様はご健在ですね。御兄弟はいらっしゃらない。」

「はい。母は入院中です。兄弟はおりません。」

「聞きづらいことなのですが、お父様に隠し子はいらっしゃいませんね。」

この人はなんてことを聞くのだろうと驚いて目を丸くした。

「いないです。いないはずです。」

「気を悪くしないでください。後から出てこられてもめることがあるので聞くことになっているのです。」

なるほど、そういうものなのかと納得した。

正志さんも聞きづらいことを聞いてくれた。

「こちらにお願いした場合、大体費用はおいくらになるのでしょうか。」

「8万から10万円位だと思います。相続の内容によって上下します。今回どのような相続をなさるかで違いますね。お母様だけが相続されるか、お母様と楓さんのお二人で相続されるかでも変わります。」

「どちらがいいのでしょうか。」

「お二人が良いと思いますよ。その場合、同じ額をそれぞれが相続したとしても楓さんの方が税金は高くなります。まずはお母様とご相談されてください。それと、まだ時間はありますが、一応年内に終わらすつもりが良いと思います。」

「ありがとうございます。母と相談いたします。」

「ご依頼いただければ、僕が担当しますよ。直哉君は助手で。」

滝先生がそう言って笑った。

「ありがとうございました。では検討して後日ご連絡させていただきます。」

挨拶をして会議室を出た。

直哉さんはエレベーターホールまで見送ってくれた。

「直哉、ありがとうな。また連絡する。」

「わかった。・・・兄貴、ナイス!・・・」

直哉さんは親指を立てウインクをして茶目っ気たっぷりに微笑んだ。

正志さんはその微笑みに、微笑みで返した。