三崎家に戻った。
「楓さん、渡すものがあります。少し待っていてください。」
お爺様は何かを取りに部屋を出た。
そして間もなくして小さな袋を持って戻っていらした。
「楓さん、これは雄二が生まれたときから毎月貯めてきたものだ。本当は雄二が結婚するときに渡すつもりで始めたのだが、こんな後になってしまった・・・渡せなかった・・・」
お爺様は言葉に詰まった。
「これから相続がありますからその時にこれも・・・」
そう言ってその袋を渡してくれた。
袋の中には郵便局の三崎雄二名義の通帳が何冊かと印鑑が入っていた。
私は通帳を見て驚いた。
定額ではなかったが毎月入金されていた。父は60歳で亡くなった60年間ずっとだった。1000万以上あった。
「楓さん、親というのはどんな子供でも可愛いのです。特に手のかかる子はね。この預金はね、私にとっては日記のようなものなのよ。毎月雄二の誕生した日22日位に入金しましたが、その他に幼稚園に入ったら、運動会で一等をとったら、手の骨を折ってはじめてギブスしたときとか、中学、高校、大学の入学の時も・・・そう、あなたが生まれたと風の便りで聞いたときもね。私の手持ちから入金したのです。この家を出て行ってしまってからもやめられなかったの。だからこれは私の雄二の思い出そのものなのよ。」
お婆様は目に涙をいっぱいためて語られた。
私はお婆様をそっと抱きしめた。
「ありがとうございます・・・」
お爺様が私の肩に触れて2回ポンポンと叩かれた。
「これからお母さんの件でも大変だろ。雄二の相続もある。これでは足りないかもしれないが現金は役立つと思う。これを使ってくれ。」
「お爺様お婆様ありがとうございます。」
雄一伯父さんもこのやり取りを聞いていた。周知のことのようだった。
私は深々と頭を下げて三崎家を後にした。
思いもかけないことだった。
母は何と言うかわからないが、私は温かい気持ちに包まれていた。
何よりもお爺様とお婆様の父に対する気持ちに触れることが出来たことが嬉しかった。
薫風が私の心をやさしく吹き抜けた。