忘れたい記憶はずっと覚えているのに、忘れたくないことは消えていってしまう。

指の間から水が流れていくように、記憶も掬えば掬うほど零れていく。

(写真の一つでも残っていれば良かったのに)

親戚の人たちが処分したのか、はたまた犯人が持ち去ってしまったのか、

家族三人が映った写真を大切にしまっていたアルバムがどこにもない。

写真好きだった父が、沢山撮っていたはずなのだけど。


…なんて、今は考えている場合ではないか。

ボーっとしてしまっていたが、

こちらに一点集中する視線と合わないように、焦点を席があるところよりも少し上の壁に向けるのだけは忘れていない。

誰かと視線が合った時にどんな反応をするのが正解なのか分からないからだ。

会釈でもすればいいのか、無視するのが正解か。