雪深い北国には、雪女にまつわる伝説が数多くあります。呼び名も、雪坊主、雪入道、雪女郎など、いくつもあります。顔を見ると祟られると言われ、またある地方では、背を向けた途端、谷間に突き落とされると言われる怖い雪女もおります。
さて、この話は、どんな雪女でありましょうか。
とある山深いところに、老人しか住んでいない過疎の村がありました。それは、粉雪の舞う寒い朝でした。一軒の一人暮らしのばあさんが飯の支度をしていると、
「おぎゃー、おぎゃー」
戸口から赤子の泣き声がしました。びっくりしたばあさんが戸を開けると、そこにいたのは、白い布にすっぽり包まれた赤子でした。
「まぁまぁ、こりゃこりゃ。寒かったべ。ほれほれ」
ばあさんはそう言いながら、赤子を抱き抱えると、あたりを見回しました。しかし、降る雪に閉ざされた白い闇の中に、人の姿を見つけることはできませんでした。
それから、10年の月日が流れました。
「バァ、雪やんだで、あそびに行ってもえべ?」
ばあさんのことを“バァ”と呼ぶのは、あの捨てられていた赤子です。
「ああ。だども、遠くに行くなや。また、ゆきっこ降るやもしれんで。な? 健太」
健太と名づけられた男児は、大層、わんぱくのようです。
「わかってらって。バァ、心配すな」
健太は生意気な口を利くと、味噌汁をすすりました。
「ふんふんふふん~♪」
黄色いちゃんちゃんこに雪沓の健太は、鼻歌まじりで、膝のあたりまで積もった雪道を元気に踏みしめて行きました。
栗やドングリを拾って遊んでいた裏山も、トンボを追って遊んでいた野原も、あたり一面雪景色です。
遊びなれた野原まで来ると、健太は雪だるまを作ろうと思い、丸めた雪を転がし始めました。ところが、
「わあーーーっ!」
崖の下に真っ逆さまに落ちてしまいました。崖下から伸びたモミの木に積もった雪で、そこに崖があるのに気づかなかったのです。
――どのくらい経ったでしょうか。
「けんたや、ほら、起きなさい」
女の人の声がしました。健太が薄目を開けると、そこにいたのは、降る雪の中に佇む、白い着物を着た髪の長い女でした。
「だれ?」
「となり村の者です。さあ、おうちに帰りましょう。ついて来なさい」
雪の向こうに見える女の顔は美しく、淡い口紅の色は一輪の花のように鮮やかでした。健太は身を起こすと、背を向けた女の後をついて行きました。
「……なして、おらの名前知っとるん?」
「……バァと知り合いだからですよ」
健太の前を行く女は、背を向けたままで答えました。
「ふ~ん。そんで知っとるが?」
「……ぇぇ。さあ、急ぎましょう。バァが心配してますよ」
女はそう言って振り向くと、やさしくほほえみました。
家が見えてきたときです。ふと、気づくと女の姿がありませんでした。
「あれぇ、……どこさいったんだべ」
健太はあたりを見回しましたが、女の姿はどこにもありませんでした。
そのことをバァに話すと、
「……もしかしたら、雪女がもしれねな」
と、首をかしげました。
「ゆきおんな?」
「ああ。雪が降ると現れるんじゃ。足が一本しかのうてな」
「一本足? ……雪ふっとったで、よう見えねがった」
「だども、親切な雪女だな。道案内してくれたんだがらな」
「うむ……」
健太は、バァの作った芋の煮っころがしをうまそうに頬張りながら思いました。もう一度、雪女に会いたい、と。
そして、どうやったら雪女に会えるのかと、考えてみました。
(……あのときは雪がふってて、おら黄色いちゃんちゃんこを着てて、がけから落っこちて……)
健太は、雪女と会ったときのことを思い出していました。そして、到頭。
「健太ーーーっ!」
暗くなっても帰らない健太を心配して、バァは雪に埋もれた野原までやって来ました。まさかと思いながら、崖下に懐中電灯の明かりを照らすと、積もった雪の中から、何やら黄色いものが覗いていました。それが何か分かったバァは、目を丸くすると、
「健太ーーーっ!」
健太の名前を叫び、その場に泣き崩れました。降る雪がバァの小さな背中に積もっていました。
その後、一人の老爺がある女の話をしていました。
「――ありゃ、10年ぐれぇ前になるか。聞いた話なんじゃがな。
赤子を抱いた白い着物の女が、ある村にやって来てのう。女は体が弱くて、赤子を育てることができんかったんじゃ。女は悩んだ末、とある家の軒先に赤子を置き去りにすると、崖から身を投げたそうじゃ――」
健太が見たのは雪女だったのだろうか。それとも、雪女に化身した母親だったのだろうか。もしそうなら、母親の亡霊が雪女に化けて、健太を連れ去ったのだろうか。
健太の黄色いちゃんちゃんこを、バァへの置き土産にして……
完