「覚えていないかと思いますが、野球を観に行ったとき、ファウルボールから私のことを守ってくれたんですよ」
それを聞いた途端、俺の右手首が何かを思い出したようにズキンと痛んだ。 
「じゃあ、昔俺が右手首を怪我した理由って、ただバカでボールに体当たりしたんじゃなくて…」
「そうです。私を守ってくれたんですよ。それが嬉しくて、かっこよくて。それ以降、お兄ちゃんの練習試合を見に行くと、お兄ちゃんじゃなくてずっと陽介さんを応援してました」
彼女の本音に俺の鼓動は高鳴っていた。
「病気になってから、応援にも行けなくなって、もうこのまま死んでいくのかなーなんて思ってたら、病院で陽介さんを見かけて。アレルギーのことも忘れて声掛けたら、倒れちゃって」
「でも、倒れたおかげで今俺と付き合えてますよね」
「そうなんですよ! 陽介さんが『何でもします!』って言ってくれたので、私、わがまま言って付き合ってもらっちゃってたんです」
彼女の微笑みの裏には悲しみが佇んでいた。
「陽介さんには、付き合ってもらっていたんです。私の気持ちは偽りなんかじゃないけど、私達2人の関係は全くのニセモノだから…」
その言葉はまるで、彼女が自分自身に向けて放った言葉のようだった。
「だから、もう…」
彼女がそう言った時、俺の体は考えるよりも先に動いていた。いや、動いたのは体ではなく、心なのかもしれない。