ゴロロンと重たいドアチャイムが鳴く。

「あの……大丈夫ですか?今、中から見てたんですが……」
 中から開いたドアの影から、人の良さそうなお兄さんが姿を見せた。
 白い長袖に真っ黒のエプロンを着けているし、どうやら今しがた私が覗こうとしていたこの喫茶店の従業員らしかった。明るく透ける目が大きく見開かれているのは、思わぬ近さに立っていた私のせいだろう。

「あ、はい……すみません、お店の看板に」
 一部始終を見られていたと思うと、ちょっと顔が熱くなる。
「気にしないでください。お怪我はありませんか?」
「あ、全然大丈夫です……」
 いたたまれなくて黙る私と、お兄さんの間に一瞬の沈黙が流れる。

「いかがですか?お時間あれば」

 ドアに身体ごと向けて動こうとしない私に察しをつけたのか、お兄さんが目尻を下げてそう促してくれる。ふわっとした笑顔に一瞬で絆されて、正直、もう入ってしまいたい。けどコーヒーなんて全然分からなくて場違い感は拭えないし、お兄さんを気に入ったからってホイホイ誘いに乗っかるのもミーハーみたいで恥ずかしい。こんな風に狼狽えるのも私らしくない。考えが混線して、言葉が出てこない。

「ちょっとだけ、ゆっくりされていきませんか?」
 お兄さんがもういちど微笑む。優しい声は、ぐっちゃり絡まった頭の中をほどいてくれた。

 ちょっとだけ、ゆっくり。その響きが気に入った。