授業間の休憩中、後ろの席の橋本が舞に声をかけてきた。

「おい、変な写真が貼ってあるぞ」

 同じクラスで、しかも連休前に席替えで席が前後になっていたのだが、橋本が舞に声をかけてくるのは非常に珍しいことだった。

 橋本君、いったいどうしたのかしら?

 舞は不思議に思い、橋本を見た。

 だが、橋本はそう言っただけで、何も言わずに教室から出ていった。

 益々わけがわからない。

 なんなのかしらね。確か、変な写真がどうとか…っ!

 舞はハッとして、自分の背中を触ってみた。

 背中には違和感が無い。大丈夫、何も貼られていない。

 だとしたら…

 今度は自分の椅子の背中を調べてみる。

「あぁっ!」

 舞は慌てて椅子の背中を隠した。

 い、いったい、誰がこんなことを!

「あれ、ムッチー。どうしたの?」

 4組に来ていた真子が、不審な行動をとっている舞に声をかけた。

「あっ、まっちゃん」

 舞は椅子の背中を隠したまま、真子の方へ顔を向けた。

「それって、中葉君だよね」

 必死で隠しているというのに、簡単に見破られてしまった。

「なんでわかったの?」

「だって、指と指の間から顔が見えているもの」

「あぁっ!」

 なんと肝心な部分が見えてしまっていた。

 慌てながら、今度は中葉の顔の部分をしっかり隠す。

「もう、いったい誰がこんなことをしたんだろうね!」

 舞は誰にも見えないように隠しながら、椅子の背にあった写真を剥がし始めた。隠すよりも剥がす方がいいと、ようやく気づいたのだ。

 真子がとうとう笑い出した。

「ハハハッ、それ、響ちゃんが犯人だよ。だってその写真、遠足の時のだもん。響ちゃん、中葉君に声をかける前、中葉君の画像を1枚撮っていたんだ。角度といい、背景といい、その時のだと思う。朝、5組に入ってきた響ちゃんの顔もなんか変だったしね。可笑しさを堪えてといった感じだったかな」

 き、響ちゃ~ん!

 よくも、よくも、よくもやってくれたわね。

「まっちゃん、響ちゃんに『よくもやってくれたわね!』と言っておいて!」

「わかった、わかった」

 笑いながらではあったが、真子は伝言役をしてくれるようだ。どうやら彼女の用事は終わっていたらしく、笑いながら4組から出て行った。

 舞はその姿を憤然たる様子で睨んでいた。真子の姿を通して響歌に怒っていたのだ。

 まったくもう、響ちゃんも相変わらず子供っぽいんだから。

 橋本君と同じよ、お・な・じ!

 人の気も知らず、余計なことをしてくれちゃってさ。

「あれ、剥がしたのか?」

 いつの間にか橋本が戻ってきていて、舞に訊ねた。

「当たり前でしょ。橋本君も気づいていたのなら、もっと早く言ってよ!」

 舞は怒りを橋本へぶつけている。完全に八つ当たりをしていた。

 橋本はそんな舞の怒りもたいしたことがないらしい。

「そう言われても、オレは関係ないしな。それに普通はすぐに気づくだろ。でも、後ろでオレと木原がこの写真のことで話していてもまったく気づかなかったからな。そろそろ教えておいた方がいいかと思ったんだよ」

 すぐに気づくだろうことを、今まで気づかなかったなんて。もしかして私って、凄く鈍感なの?

 しかも橋本君は今、木原君とこの写真について話していたと言ったわよ。

 橋本君と木原君は隣同士だから、授業中2人が話していてもそう不思議は無い。

 でも、私ってば、その2人のすぐ前の席なのに、そんな話をしていたことに全っ然気づかなかったんですけど!

 舞はかなりショックを受けていた。

「さっきの時間、木原とどの場所で撮った写真なんだろうって話していたんだけどさ。今井さんって、真面目なんだな。まったく気づかずに先生の話を熱心に聞いているんだからな」

「へ、へぇ~、そ、そうだったんだ。教えてくれてありがとう」

 舞は橋本にお礼を言うと、力無く席に座った。

 橋本には熱心に先生の話を聞いていたように見えていたようだが、実際は違う。前を向いてはいたが、先生の話は聞いていない。

 いや、聞いていないというよりも、聞こえなかったといった方が正しい。

 それはその授業だけではない。今日の授業はすべてそんな感じだった。舞は前を向きながら、頭では別の考えにとらわれ続けていたのだ。