遠足の日は快晴だった。
雨の日の異人館も風情があって良いとはいうが、学校の遠足で行くのなら晴れている方が断然いい。誰だって傘をさしながら団体でゾロゾロと狭い道を歩きたくはない。
荒谷港だと余計にそう思うだろう。異人館に比べて、雨宿りをする場所が断然少ないのだから。
そんな荒谷港に、中葉の大声が響き渡った。
「えっー、休みだってー!」
荒谷港に来ていた歩の耳にも、その声が聞こえてきた。
中葉は4組の男子達と一緒にいた。5組の男子は中葉以外この場にいない。今頃は異人館巡りをしているのだろう。
中葉も本来なら彼らと一緒に異人館巡りをしているはずなのだが、何故か5組のバスから1人で降りてきた。そうして真っ直ぐに4組のバスのところにやってきたのだ。
そんな中葉の姿は、4組の生徒達に注目されていた。
本人はみんなに注目されていることなどどうでもいいらしく、何かを探しているようだった。
いや、実際に探していたのだ。
歩は中葉の姿を見た時、それがすぐにわかった。探している人物も容易にわかってしまう。
「だから休んじゃったのかなぁ」
歩の口からボソッとそんな言葉が零れる。
舞を見つけられなかった中葉は、4組の男子達に彼女が休みだということを聞いたのだろう。それもさっきの大声でわかってしまった。
中葉はショックを隠し切れずに呆然としていた。
「歩ちゃ~ん、そろそろ行こうよ!」
歩のグループの1人が、立ち止まっている歩に声をかけた。
「あ、うん。そうだね」
慌ててグループに追いつく。
歩は舞のことが気になりながらも、グループの人達とともに荒谷港の散策に向かったのだった。
響歌は舞が休みだということを既に知っていた。朝の通学電車の中にいるはずの舞の姿が無かったからだ。
だが、中葉には何も言わず、一足先にバスから降りた。
響歌達のグループは異人館巡りをしてから荒谷港へ行くコースを選んでいた。
同じく異人館巡りをする男子4人もバスから降りていたが、中葉だけはそのまま乗っている。そうして何も知らない中葉を乗せて、バスは荒谷港目指して行ってしまった。
「ムッチー、一番してはいけない手を使ったね」
遠ざかるバスを見ながら小さく呟く。
そんな響歌に、グループの1人である雨宮亜希)が声をかけた。
「響ちゃん、どうしたの?いつまでもバスなんか見ていないで、早く行こう」
「うん、そうだね。早くしないと時間がもったいないもんね」
響歌は亜希と一緒に後のグループの3人が待っている場所に向かった。
雨宮亜希は響歌が2年になってからできた友達だ。
響歌と亜希は1年の時は互いに顔も知らなかった。クラスも違えば、帰る方向も違うからだ。
だが、亜希は紗智達とは帰る方向が一緒だったし、歩が亜希と仲良くしていた水野華世と幼馴染だったので1年の時から紗智達と一緒に登下校していた。
ちなみに亜希と華世は、1年の時は4組だった。その2人プラス4人の合計6人のグループでいつも行動していた。
2年になったらその6人のうち、亜希と南雲沙奈絵が5組になった。華世達、あとの4人は4組だ。亜希はその4人に会う為に、お昼ご飯を食べた後は4組に行っているのである。
響歌達3人も、舞と歩に会う為に昼休みは4組に行っていた。その舞達は歩と水野華世を通じて6人グループになっていたので、ここでも響歌達と亜希は顔を合わしていた。
こうなると自然と仲良くなるというものだ。
亜希は誰がどう見ても美人だった。崩れたところは一つも無い。
特に印象的なのは彼女の目だ。大きな二重の目を持っている。その目には亜希の性格が反映されていた。
彼女の性格は真面目である。少し気が強いところもあるが、その分、他人には流されない強い意志を持っている。それが目に表れているのだ。
少し融通がつかず頑固なところがあるが、響歌から見ればそれを差し引いてもつき合いやすいタイプだった。2年になってから舞の代わりにつるむことが多くなっていた。
もちろん登下校は、これまでと同様に舞とつるんでいるのだが…
亜希と一緒に響歌達のグループに加わった南雲沙奈絵も、亜希と同様に美人だった。
だが、同じ美人でも、亜希とはタイプが違う。亜希がフランス人形タイプなら、沙奈絵は日本人形タイプといったところだろう。
だから男子に人気があってもおかしくないのだが、性格が大人し過ぎたのでそうでもなかった。
実は沙奈絵は響歌と同じ中学出身で、しかも2年間同じクラスだった。それなのに響歌は沙奈絵と高校2年になるまで話したことが一言くらいしか無かった。帰る方面も一緒なのに一緒に帰ったことは無い。それでも避け合っているわけではなくて自然とそうなったのだ。
沙奈絵は電車では幼馴染と一緒にいる。その幼馴染はあきほと同じ大洋高校の生徒だ。電車の乗り換えがある沙奈絵とは宮内駅で別れている。
響歌はその幼馴染の方とは話したことがあった。からかわれたことや軽口を叩きあったこともある。
1年の最初の頃、その幼馴染が響歌に沙奈絵の学校での様子を訊いてきたことがあった。沙奈絵は大人しい性格なので、高校で友達がいるのか心配だったのだ。さすがにすぐにはわからなかったので4組に沙奈絵の様子を探りに行くと、6人くらいの中で楽しそうにしている姿を発見。これが後に亜希達だとわかるのだが、響歌は安心して幼馴染にそれを伝えてあげた。
それが高校2年になって同じグループになるのだから人生わからないものである。
太陽が燦燦と輝いている中、背中に哀愁を漂わせている人物がいた。
はっきりいって景色とまったく合っていない。ずっと見ていると爽やかだった気分もどんよりしてくるようだ。
「なーに1人で黙々と日記なんて書いているのよ」
響歌は呆れながら荒谷港の隅にあるベンチに1人で座っている男子生徒に声をかけた。
眼前には素晴らしい景色が広がっているというのに、彼はそれにはまったく惹かれないらしい。景色そっちのけで俯いていた。膝の上にはノート、そしてその手にはシャープペンがあった。そう、彼は日記を書いていたのだ。
「あぁ、響ちゃんか」
俯いていた顔を上げたものの、その表情は暗い。
「ムッチーが休みだからといって、陰気な顔をし過ぎよ。せっかくの荒谷港なんだし、中葉君も散策してきなよ。5組の男子も異人館からここに来ているはずよ」
響歌はどんよりとした空気に飲み込まれないように明るく言ったが、中葉の表情は変わらなかった。
哀愁も、相変わらず漂わせている。
「オレはいいよ。散策する気になんてなれないから。それに休んでいる舞の為に荒谷港のことを少し書いておいてあげようと思って…」
中葉が響歌に『愛の交換日記』を広げたまま見せた。
見た瞬間、響歌は怯む。
中葉は少しと言ったが、これは少しどころではない。文章が2ページ近くに渡ってぎっしりと書かれてある。ここに到着してからずっとこの場所で日記を書いていたのだろう。
「凄いね。中葉君はムッチーのことを凄く想っているんだね」
こうとしか言えなかった。
「そんなの当たり前だよ。オレは舞の彼氏なんだから。でもさぁ、最近はオレが舞のことを想っているくらい、舞はオレのことを想っていないんじゃないかと思ってしまうんだ。だってオレと同じくらい想ってくれているのなら、休む連絡くらいはしてくるはずだろ。でも、無かったんだよ。学校には連絡したみたいなのに。今日は2人で過ごすって言っていたはずなのに。それなのに…」
響歌に話している内容が、途中から舞への愚痴へと変わっている。
こんな話をずっと聞いているとあっという間に集合時間になってしまう。響歌は慌てて中葉の言葉を遮った。
「と、取り敢えずムッチーへの愚痴は彼女の前で言ってあげてよ。今はグループのみんなを待たせているから、そろそろ行かないといけないんだ」
これは嘘ではない。響歌がいる場所から数歩離れた場所で亜希達が待っていた。
中葉もそれに気づき、言葉を止めた。
「あぁ、そうだったね。響ちゃんは早く荒谷港を散策してきなよ。雨宮さん達を待たせるのも悪いしさ」
「そうだ。せっかくだし、あの船をバックに私達の画像を撮ってよ。せっかく荒谷港に来たんだし、記念に1枚撮っておきたいんだ」
響歌は鞄からスマホを出すと、それを中葉に渡した。まだ中葉の返事を聞いていないのに撮ってもらう気満々である。
やはり響歌はちゃっかりしていた。
そうしてこの後は、哀愁漂う彼とは別れて港を堪能したのだった。
雨の日の異人館も風情があって良いとはいうが、学校の遠足で行くのなら晴れている方が断然いい。誰だって傘をさしながら団体でゾロゾロと狭い道を歩きたくはない。
荒谷港だと余計にそう思うだろう。異人館に比べて、雨宿りをする場所が断然少ないのだから。
そんな荒谷港に、中葉の大声が響き渡った。
「えっー、休みだってー!」
荒谷港に来ていた歩の耳にも、その声が聞こえてきた。
中葉は4組の男子達と一緒にいた。5組の男子は中葉以外この場にいない。今頃は異人館巡りをしているのだろう。
中葉も本来なら彼らと一緒に異人館巡りをしているはずなのだが、何故か5組のバスから1人で降りてきた。そうして真っ直ぐに4組のバスのところにやってきたのだ。
そんな中葉の姿は、4組の生徒達に注目されていた。
本人はみんなに注目されていることなどどうでもいいらしく、何かを探しているようだった。
いや、実際に探していたのだ。
歩は中葉の姿を見た時、それがすぐにわかった。探している人物も容易にわかってしまう。
「だから休んじゃったのかなぁ」
歩の口からボソッとそんな言葉が零れる。
舞を見つけられなかった中葉は、4組の男子達に彼女が休みだということを聞いたのだろう。それもさっきの大声でわかってしまった。
中葉はショックを隠し切れずに呆然としていた。
「歩ちゃ~ん、そろそろ行こうよ!」
歩のグループの1人が、立ち止まっている歩に声をかけた。
「あ、うん。そうだね」
慌ててグループに追いつく。
歩は舞のことが気になりながらも、グループの人達とともに荒谷港の散策に向かったのだった。
響歌は舞が休みだということを既に知っていた。朝の通学電車の中にいるはずの舞の姿が無かったからだ。
だが、中葉には何も言わず、一足先にバスから降りた。
響歌達のグループは異人館巡りをしてから荒谷港へ行くコースを選んでいた。
同じく異人館巡りをする男子4人もバスから降りていたが、中葉だけはそのまま乗っている。そうして何も知らない中葉を乗せて、バスは荒谷港目指して行ってしまった。
「ムッチー、一番してはいけない手を使ったね」
遠ざかるバスを見ながら小さく呟く。
そんな響歌に、グループの1人である雨宮亜希)が声をかけた。
「響ちゃん、どうしたの?いつまでもバスなんか見ていないで、早く行こう」
「うん、そうだね。早くしないと時間がもったいないもんね」
響歌は亜希と一緒に後のグループの3人が待っている場所に向かった。
雨宮亜希は響歌が2年になってからできた友達だ。
響歌と亜希は1年の時は互いに顔も知らなかった。クラスも違えば、帰る方向も違うからだ。
だが、亜希は紗智達とは帰る方向が一緒だったし、歩が亜希と仲良くしていた水野華世と幼馴染だったので1年の時から紗智達と一緒に登下校していた。
ちなみに亜希と華世は、1年の時は4組だった。その2人プラス4人の合計6人のグループでいつも行動していた。
2年になったらその6人のうち、亜希と南雲沙奈絵が5組になった。華世達、あとの4人は4組だ。亜希はその4人に会う為に、お昼ご飯を食べた後は4組に行っているのである。
響歌達3人も、舞と歩に会う為に昼休みは4組に行っていた。その舞達は歩と水野華世を通じて6人グループになっていたので、ここでも響歌達と亜希は顔を合わしていた。
こうなると自然と仲良くなるというものだ。
亜希は誰がどう見ても美人だった。崩れたところは一つも無い。
特に印象的なのは彼女の目だ。大きな二重の目を持っている。その目には亜希の性格が反映されていた。
彼女の性格は真面目である。少し気が強いところもあるが、その分、他人には流されない強い意志を持っている。それが目に表れているのだ。
少し融通がつかず頑固なところがあるが、響歌から見ればそれを差し引いてもつき合いやすいタイプだった。2年になってから舞の代わりにつるむことが多くなっていた。
もちろん登下校は、これまでと同様に舞とつるんでいるのだが…
亜希と一緒に響歌達のグループに加わった南雲沙奈絵も、亜希と同様に美人だった。
だが、同じ美人でも、亜希とはタイプが違う。亜希がフランス人形タイプなら、沙奈絵は日本人形タイプといったところだろう。
だから男子に人気があってもおかしくないのだが、性格が大人し過ぎたのでそうでもなかった。
実は沙奈絵は響歌と同じ中学出身で、しかも2年間同じクラスだった。それなのに響歌は沙奈絵と高校2年になるまで話したことが一言くらいしか無かった。帰る方面も一緒なのに一緒に帰ったことは無い。それでも避け合っているわけではなくて自然とそうなったのだ。
沙奈絵は電車では幼馴染と一緒にいる。その幼馴染はあきほと同じ大洋高校の生徒だ。電車の乗り換えがある沙奈絵とは宮内駅で別れている。
響歌はその幼馴染の方とは話したことがあった。からかわれたことや軽口を叩きあったこともある。
1年の最初の頃、その幼馴染が響歌に沙奈絵の学校での様子を訊いてきたことがあった。沙奈絵は大人しい性格なので、高校で友達がいるのか心配だったのだ。さすがにすぐにはわからなかったので4組に沙奈絵の様子を探りに行くと、6人くらいの中で楽しそうにしている姿を発見。これが後に亜希達だとわかるのだが、響歌は安心して幼馴染にそれを伝えてあげた。
それが高校2年になって同じグループになるのだから人生わからないものである。
太陽が燦燦と輝いている中、背中に哀愁を漂わせている人物がいた。
はっきりいって景色とまったく合っていない。ずっと見ていると爽やかだった気分もどんよりしてくるようだ。
「なーに1人で黙々と日記なんて書いているのよ」
響歌は呆れながら荒谷港の隅にあるベンチに1人で座っている男子生徒に声をかけた。
眼前には素晴らしい景色が広がっているというのに、彼はそれにはまったく惹かれないらしい。景色そっちのけで俯いていた。膝の上にはノート、そしてその手にはシャープペンがあった。そう、彼は日記を書いていたのだ。
「あぁ、響ちゃんか」
俯いていた顔を上げたものの、その表情は暗い。
「ムッチーが休みだからといって、陰気な顔をし過ぎよ。せっかくの荒谷港なんだし、中葉君も散策してきなよ。5組の男子も異人館からここに来ているはずよ」
響歌はどんよりとした空気に飲み込まれないように明るく言ったが、中葉の表情は変わらなかった。
哀愁も、相変わらず漂わせている。
「オレはいいよ。散策する気になんてなれないから。それに休んでいる舞の為に荒谷港のことを少し書いておいてあげようと思って…」
中葉が響歌に『愛の交換日記』を広げたまま見せた。
見た瞬間、響歌は怯む。
中葉は少しと言ったが、これは少しどころではない。文章が2ページ近くに渡ってぎっしりと書かれてある。ここに到着してからずっとこの場所で日記を書いていたのだろう。
「凄いね。中葉君はムッチーのことを凄く想っているんだね」
こうとしか言えなかった。
「そんなの当たり前だよ。オレは舞の彼氏なんだから。でもさぁ、最近はオレが舞のことを想っているくらい、舞はオレのことを想っていないんじゃないかと思ってしまうんだ。だってオレと同じくらい想ってくれているのなら、休む連絡くらいはしてくるはずだろ。でも、無かったんだよ。学校には連絡したみたいなのに。今日は2人で過ごすって言っていたはずなのに。それなのに…」
響歌に話している内容が、途中から舞への愚痴へと変わっている。
こんな話をずっと聞いているとあっという間に集合時間になってしまう。響歌は慌てて中葉の言葉を遮った。
「と、取り敢えずムッチーへの愚痴は彼女の前で言ってあげてよ。今はグループのみんなを待たせているから、そろそろ行かないといけないんだ」
これは嘘ではない。響歌がいる場所から数歩離れた場所で亜希達が待っていた。
中葉もそれに気づき、言葉を止めた。
「あぁ、そうだったね。響ちゃんは早く荒谷港を散策してきなよ。雨宮さん達を待たせるのも悪いしさ」
「そうだ。せっかくだし、あの船をバックに私達の画像を撮ってよ。せっかく荒谷港に来たんだし、記念に1枚撮っておきたいんだ」
響歌は鞄からスマホを出すと、それを中葉に渡した。まだ中葉の返事を聞いていないのに撮ってもらう気満々である。
やはり響歌はちゃっかりしていた。
そうしてこの後は、哀愁漂う彼とは別れて港を堪能したのだった。