カップルもどきが学校を出てから約1時間後。
「あ~、やっぱりこの時間帯だと5時台の電車に乗れないよ~!」
響歌はスマホを片手に叫んでいた。そのスマホの画面に映っているのは、電車の時刻表だ。
「これだと1時間も待ってなきゃいけない…ハァッ」
「それはそれは、ご愁傷様です」
橋本の他人事のような言葉に、響歌はムッとする。
「何よ、その言い方は。自分は自転車通学だから関係ないんだろうけど、もう少しくらいは違う言葉をかけてくれないわけ?」
「だってオレ、本当に関係ないもん」
「そりゃ、そうだろうけど…もういい、橋本君に言った私がバカだった」
これ以上言うとくだらない言い合いに発展してしまう。響歌はそう判断すると、見ていたスマホを制服のポケットに片づけた。
今まで2人が話していたのは明日の遠足のことだった。そこで響歌がバスの学校到着時間が中途半端なことに気づき、時刻表で確認したのだ。
そこで出たのがさっきの言葉である。
何しろバスが学校に到着するのが、なんと宮内行の電車が比良木駅を出発した5分後なのだ。しかもそれとは反対である柏原方面の電車は15分後に比良木駅に来るので余裕で乗れてしまう。
橋本には本当に関係ないことだが、少しくらいは不満を言わせて欲しい。それだけではなくて同意して欲しい!
でも、まぁ、仕方がないか。後でムッチーとでも一緒に愚痴ろう。
「だけど予定は予定だから、到着時間がその時間になるとは限らないだろ」
橋本の何気ない一言に、響歌の顔が輝いた。
「そういえばそうよね。橋本君もいいことを言ってくれるじゃない。バスが早く着く場合もあるから、それだったら5時台の電車に乗れるわ」
響歌は声を弾ませたが、橋本の方は違った。
「それだったら、オレが可哀想だ」
ついボソリと呟いてしまう。
小さな声だったが、響歌にはそれが聞こえた。
「えっ、なんでオレが可哀想なの?」
橋本君は自転車通学なのでバスの到着時間は関係ない。だからさっきのような言葉になったんじゃないの?
不思議に思って橋本を見ると、橋本は明らかに戸惑っていた。
もしかして…言うつもりはなかったけど、つい口から出てしまった言葉だった?
それでも誤魔化すつもりは無いらしい。響歌の顔をじっと見て言う。
「その答えを聞きたかったら、あの手紙のことを持ち出さなくてはいけないぞ」
…は?
「べ、別に持ち出さなくてもいいでしょ!」
響歌は焦ったが、橋本は真顔だった。
「手紙に関係があることだからな」
「………」
響歌は困っていた。まだ手紙について橋本と話し合うのが怖かったのだ。
何故だろう、未だに心の準備ができていない。
手紙を渡してから2週間が経つのに、なんで自分はこんなにも恐れているのだろう。
あれから橋本と一緒に下校しているが、このように手紙のことを持ち出されるとうろたえてしまう。
こんなことは初めてだった。
こんな自分に、以前は彼氏がいたなんて…
元彼とは告白しあってつき合った。先に告白したのは自分からだ。軽い感じで『つき合って』と言ったわけじゃない。『好き』という言葉を使ったはずだ。しかも今よりも若い中学2年の時に!
それなのに…自分はどうしてしまったのだろう。手紙の返事を聞くだけなのに、こんなにも戸惑っているなんて。
自分が自分じゃないような気さえしてくる。
「ま、オレの独り言だから、忘れろ」
橋本のその言葉で、今日も手紙のことは聞けずに終わった。
「この、超鈍感、超鈍感 !超鈍感 ?」
舞の大声に、車内にいる人達の視線が集まった。
響歌がそれに気づき、小声で注意をする。
「だからさぁ、ムッチー。声が大きいって」
また注目されているし…
いつもはそれで正気に戻るが、今の舞は違った。周囲を気にすることなくプルプルと怒りで震えている。
言いたいことはたくさんある。
でも、この超鈍感娘に何をどう言えばいいっていうの!
ここまで言われてもわからない響ちゃんって、いったい…
比良木駅で中葉と別れて電車に乗った舞は、仙田駅から乗ってきた響歌を見つけた。すぐに自分の隣を勧め、帰り道での出来事を聞きだすことに成功。
だが、それを聞いた後は怒鳴らずにはいられなかった。
それがさっきの超鈍感×3である。
周囲の目には構っていられないくらい舞は怒っていた。
「まったく…橋本君も本当に大変よね。この超鈍感娘にどれだけ告白めいたことを言っても通じないんだもん。いい加減、嫌にならないのかしら。だからね、響ちゃん。橋本君は遠足の帰り、できるだけ長く響ちゃんと一緒にいたいのよ。それなのにバスが電車の時間に間に合ってしまったら一緒に過ごす時間が無くなるでしょ。だから『俺が可哀想』って言ったのよ」
舞はまだ怒っていたが、響歌の方も膨れっ面になっていた。
「超鈍感娘って、失礼ね。私だって、ある程度はわかったわよ。橋本君と別れてからだけどさ」
「あのねぇ…まぁ、いいけど」
舞は怒鳴ろうとしたが、急にトーンダウンをしてそっぽを向いた。超鈍感娘の相手をするのが疲れたのだ。
自分が何を言っても響歌は聞かない。そのことが今までの経験からわかっていた。これ以上無駄な労力を使いたくない。
それに今は響歌のことに構ってはいられない。明日に向けて対策を練らなくては。響歌のことを考えるのは明日が終わってからでも遅くはない。
「どうしたのよ、途中で止めて」
「いや、ね。明日を無事に乗り越えられるか、ちょっと心配で」
その言葉で、響歌は舞が心配していることがすべてわかった。
明日の遠足で、舞と中葉はグループを抜け出して2人でデートすることになっている。
中葉の方はそれに向けて準備は万端なのだろう。中葉自身に聞いてはいないが、彼を見ていれば容易にわかる。
何度も言うが、中葉の方は!だ。
「グループの人達にまだ言っていないのね?」
響歌が静かに訊くと、舞は頷いた。
「どうして?」
「だってさぁ、やっぱり言いにくいし、それに…」
「はっきり言いなさい。抜け出したくないんでしょ」
舞が言いにくいことを、響歌がはっきり言った。
この言葉にも、舞は頷いた。
「でも、中葉君には結局言い出せなかった」
またもや頷く舞。
「それでもいい加減にどっちかに決めないとマズイでしょう?」
頷くばかりの舞を横目に、響歌は溜息を吐いた。
タイムリミットはもう間近に迫っている。悩んでいる時間は無い。
抜け出したくないのなら、中葉に連絡して伝えなくてはいけない。
抜け出すのなら、グループの人達に連絡して伝える。それか明日、バスの中で話すべきだ。
「家に着いてからでもいいから、誰かには連絡しておいた方がいいわよ」
「でも、私のスマホは壊れたままだし、家の電話も故障中だから」
早く直しなさいよ!
響歌は怒鳴りたかったが、それを抑えながら自分のスマホを舞に渡そうとした。
「じゃあ、私のスマホを使っていいから、今しておけば?」
舞は差し出された響歌のスマホをじっと眺めたが、それを手にしなかった。
「今はいいや。なんとかするから、響ちゃんは心配しなくていいよ」
「…まぁ、好きにすればいいよ。この件に関しては、もう何も言わないから」
響歌はスマホを鞄の中に戻すと目を閉じた。
響歌の隣では、舞が下を向いていた。その目は響歌のように閉じていない。
響歌の助けはもう得られない。舞も頼る気は無い。これは自分でどうにかしなくてはいけない問題なのだ。
でも…どうしよう。
舞は答えが出せないまま、電車に揺られていた。
「あ~、やっぱりこの時間帯だと5時台の電車に乗れないよ~!」
響歌はスマホを片手に叫んでいた。そのスマホの画面に映っているのは、電車の時刻表だ。
「これだと1時間も待ってなきゃいけない…ハァッ」
「それはそれは、ご愁傷様です」
橋本の他人事のような言葉に、響歌はムッとする。
「何よ、その言い方は。自分は自転車通学だから関係ないんだろうけど、もう少しくらいは違う言葉をかけてくれないわけ?」
「だってオレ、本当に関係ないもん」
「そりゃ、そうだろうけど…もういい、橋本君に言った私がバカだった」
これ以上言うとくだらない言い合いに発展してしまう。響歌はそう判断すると、見ていたスマホを制服のポケットに片づけた。
今まで2人が話していたのは明日の遠足のことだった。そこで響歌がバスの学校到着時間が中途半端なことに気づき、時刻表で確認したのだ。
そこで出たのがさっきの言葉である。
何しろバスが学校に到着するのが、なんと宮内行の電車が比良木駅を出発した5分後なのだ。しかもそれとは反対である柏原方面の電車は15分後に比良木駅に来るので余裕で乗れてしまう。
橋本には本当に関係ないことだが、少しくらいは不満を言わせて欲しい。それだけではなくて同意して欲しい!
でも、まぁ、仕方がないか。後でムッチーとでも一緒に愚痴ろう。
「だけど予定は予定だから、到着時間がその時間になるとは限らないだろ」
橋本の何気ない一言に、響歌の顔が輝いた。
「そういえばそうよね。橋本君もいいことを言ってくれるじゃない。バスが早く着く場合もあるから、それだったら5時台の電車に乗れるわ」
響歌は声を弾ませたが、橋本の方は違った。
「それだったら、オレが可哀想だ」
ついボソリと呟いてしまう。
小さな声だったが、響歌にはそれが聞こえた。
「えっ、なんでオレが可哀想なの?」
橋本君は自転車通学なのでバスの到着時間は関係ない。だからさっきのような言葉になったんじゃないの?
不思議に思って橋本を見ると、橋本は明らかに戸惑っていた。
もしかして…言うつもりはなかったけど、つい口から出てしまった言葉だった?
それでも誤魔化すつもりは無いらしい。響歌の顔をじっと見て言う。
「その答えを聞きたかったら、あの手紙のことを持ち出さなくてはいけないぞ」
…は?
「べ、別に持ち出さなくてもいいでしょ!」
響歌は焦ったが、橋本は真顔だった。
「手紙に関係があることだからな」
「………」
響歌は困っていた。まだ手紙について橋本と話し合うのが怖かったのだ。
何故だろう、未だに心の準備ができていない。
手紙を渡してから2週間が経つのに、なんで自分はこんなにも恐れているのだろう。
あれから橋本と一緒に下校しているが、このように手紙のことを持ち出されるとうろたえてしまう。
こんなことは初めてだった。
こんな自分に、以前は彼氏がいたなんて…
元彼とは告白しあってつき合った。先に告白したのは自分からだ。軽い感じで『つき合って』と言ったわけじゃない。『好き』という言葉を使ったはずだ。しかも今よりも若い中学2年の時に!
それなのに…自分はどうしてしまったのだろう。手紙の返事を聞くだけなのに、こんなにも戸惑っているなんて。
自分が自分じゃないような気さえしてくる。
「ま、オレの独り言だから、忘れろ」
橋本のその言葉で、今日も手紙のことは聞けずに終わった。
「この、超鈍感、超鈍感 !超鈍感 ?」
舞の大声に、車内にいる人達の視線が集まった。
響歌がそれに気づき、小声で注意をする。
「だからさぁ、ムッチー。声が大きいって」
また注目されているし…
いつもはそれで正気に戻るが、今の舞は違った。周囲を気にすることなくプルプルと怒りで震えている。
言いたいことはたくさんある。
でも、この超鈍感娘に何をどう言えばいいっていうの!
ここまで言われてもわからない響ちゃんって、いったい…
比良木駅で中葉と別れて電車に乗った舞は、仙田駅から乗ってきた響歌を見つけた。すぐに自分の隣を勧め、帰り道での出来事を聞きだすことに成功。
だが、それを聞いた後は怒鳴らずにはいられなかった。
それがさっきの超鈍感×3である。
周囲の目には構っていられないくらい舞は怒っていた。
「まったく…橋本君も本当に大変よね。この超鈍感娘にどれだけ告白めいたことを言っても通じないんだもん。いい加減、嫌にならないのかしら。だからね、響ちゃん。橋本君は遠足の帰り、できるだけ長く響ちゃんと一緒にいたいのよ。それなのにバスが電車の時間に間に合ってしまったら一緒に過ごす時間が無くなるでしょ。だから『俺が可哀想』って言ったのよ」
舞はまだ怒っていたが、響歌の方も膨れっ面になっていた。
「超鈍感娘って、失礼ね。私だって、ある程度はわかったわよ。橋本君と別れてからだけどさ」
「あのねぇ…まぁ、いいけど」
舞は怒鳴ろうとしたが、急にトーンダウンをしてそっぽを向いた。超鈍感娘の相手をするのが疲れたのだ。
自分が何を言っても響歌は聞かない。そのことが今までの経験からわかっていた。これ以上無駄な労力を使いたくない。
それに今は響歌のことに構ってはいられない。明日に向けて対策を練らなくては。響歌のことを考えるのは明日が終わってからでも遅くはない。
「どうしたのよ、途中で止めて」
「いや、ね。明日を無事に乗り越えられるか、ちょっと心配で」
その言葉で、響歌は舞が心配していることがすべてわかった。
明日の遠足で、舞と中葉はグループを抜け出して2人でデートすることになっている。
中葉の方はそれに向けて準備は万端なのだろう。中葉自身に聞いてはいないが、彼を見ていれば容易にわかる。
何度も言うが、中葉の方は!だ。
「グループの人達にまだ言っていないのね?」
響歌が静かに訊くと、舞は頷いた。
「どうして?」
「だってさぁ、やっぱり言いにくいし、それに…」
「はっきり言いなさい。抜け出したくないんでしょ」
舞が言いにくいことを、響歌がはっきり言った。
この言葉にも、舞は頷いた。
「でも、中葉君には結局言い出せなかった」
またもや頷く舞。
「それでもいい加減にどっちかに決めないとマズイでしょう?」
頷くばかりの舞を横目に、響歌は溜息を吐いた。
タイムリミットはもう間近に迫っている。悩んでいる時間は無い。
抜け出したくないのなら、中葉に連絡して伝えなくてはいけない。
抜け出すのなら、グループの人達に連絡して伝える。それか明日、バスの中で話すべきだ。
「家に着いてからでもいいから、誰かには連絡しておいた方がいいわよ」
「でも、私のスマホは壊れたままだし、家の電話も故障中だから」
早く直しなさいよ!
響歌は怒鳴りたかったが、それを抑えながら自分のスマホを舞に渡そうとした。
「じゃあ、私のスマホを使っていいから、今しておけば?」
舞は差し出された響歌のスマホをじっと眺めたが、それを手にしなかった。
「今はいいや。なんとかするから、響ちゃんは心配しなくていいよ」
「…まぁ、好きにすればいいよ。この件に関しては、もう何も言わないから」
響歌はスマホを鞄の中に戻すと目を閉じた。
響歌の隣では、舞が下を向いていた。その目は響歌のように閉じていない。
響歌の助けはもう得られない。舞も頼る気は無い。これは自分でどうにかしなくてはいけない問題なのだ。
でも…どうしよう。
舞は答えが出せないまま、電車に揺られていた。