中葉と高尾は作業をしながらも、他の男子生徒2人と談笑していた。
「あ、葉月さん」
「模造紙調達しに行ってくれていたんだろ。悪いな」
「そんなの、お安い御用よ。あんた達も忙しそうだったもんね。でも、今見る限りだと余裕も出てきたっぽいから、要望を聞いておこうと思って」
「あぁ、もうそろそろ取りかからないとヤバイしな」
響歌はそんな会話を男子達と交わしながらも、舞の腕をがっしりと掴んでいた。舞の方はその間中、口を貝のように閉ざして黙り込んでいた。
嬉しいけど、こ、心の準備が、準備がぁ~。
きょ、響ちゃん。ねぇ、響ちゃんってば!
助けを求めるように響歌を見たが、響歌はそれをわざと無視して男子達と話を進めていく。もちろんその間も舞の腕は掴んだままだ。
結局、しばらく座って話をすることになった。もちろん舞も一緒に。
中葉と高尾は地べたに座っていた腰を上げると、近くにあった椅子に隣同士で座った。その向かいの席に響歌と舞。そして後の男子生徒2人も、暇なのか関係ないはずなのに近くの席に座った。
響歌が舞の方をちらっと見ると、舞はカチンコチンに固まっている。このまま石像化してしまうんじゃないかと思うくらいだ。
舞にはちょっと刺激が強過ぎたかしらね?
響歌はそう思いながら、今度は舞の隣に視線を移した。視線の先には川崎が座っていて橋本英明と話をしている。
でも、これくらいの刺激がないとダメでしょう。せっかくの高校生活なんだから。
しばらく舞のことは放っておくことにして話を進めましょ。
響歌は舞を無視して中葉と高尾に向かう。
「で、オオカミ役の2人の衣装と小道具で、これは絶対必要だというのを教えて欲しいのよ」
中葉と高尾は共にオオカミ役で、響歌はそのオオカミ役の衣装や小道具を任されている。そういった事情から、この場を設けたのだ。
まぁ、高尾君はこだわりがそう無さそうだけど、中葉君の方は凄く細かそうだもんねぇ。作る前に注文を聞いておかないと、後でグチグチと文句を言われそうだわ。
案の定、中葉が待っていましたといわんばかりに口を開いた。
「え~と、まずは一目でオオカミとわかる被りものが欲しいんだ」
「ふん、ふん。なるほど」
「後はやわらかそうなしっぽと眼帯かな。ほら、よく海賊なんかが目に付けている黒いアレね。それから刀も欲しいかな。あ、刃の角度は~で、~~も気をつけて。それと~~~もそうかな。それから…」
最初こそ真剣に聞いていた響歌だったが、中葉のあまりにも長い注文に途中から聞き流し状態だった。一緒に聞いていた橋本にも『それなら自分で作れ』と言われている始末。川崎は大笑いをし、高尾は呆れていた。
そんな中、舞だけがまだ硬直していた。
「どうしたの、今井さん。どこか調子が悪いの?」
正面に座っていたので彼女の様子が気になったのだろう。中葉が話を中断させて舞の顔を覗き込んだ。それにつられて川崎達も舞に視線を向ける。
中葉の一言でいきなり注目の的になり、舞は慌てた。
「え、え、だ、大丈夫です。はい」
舞の隣では、響歌が声を押し殺して笑っていた。
もう、後で覚えておいてよ、響ちゃん!
「本当に大丈夫?」
高尾も心配そうだったが、舞は頷くだけだった。
さすがに『隣にテツヤ君がいるので、ドキドキして心臓が破裂しそうなの』とは言えない。
そのドキドキさせている張本人は、まさか自分が原因だとは思ってもいないのだろう、不思議そうに舞を見ていた。
面白過ぎる光景なのでずっと見ていたいが、さすがにこのままだと舞が壊れてしまう。響歌はそう判断すると、ようやく助け舟を出した。
「この子はいつもこうだから、あまり気にしないであげて。それよりも話の続きよ。早く取りかからないと文化祭に間に合わなくなってしまうわ」
響歌によって、舞は注目の的からようやく逃れられた。
あぁ、良かった。響ちゃんの助けがあと一歩でも遅ければ、この場から逃げ出していたわ。
こんなに奥ゆかしい私にとっては、いきなり注目を浴びる立場になるとどうしていいのかわからなくなってしまうのよ。
中葉君も余計なことを言わないでよね!
端から見れば、中葉の一言は決して余計なことではなくてむしろその逆なのだが、舞にとってはそうではないらしい。
相変わらず心の中では勝手なことを思っている舞だった。
それでもようやく舞の中にあった緊張も解れてきたので、じっくりと隣以外の男子達を観察することにした。
男子達とはこれまであまり話したことが無いけど…というよりも皆無に等しい。
こうして近くで見ても、みんなの印象は入学式の日に感じたものとあまり変わっていないわね。
テツヤ君は別格なので、この場では置いておくことにして…
オオカミ役の1人である中葉君は、やっぱり普通の人とは違った雰囲気の持ち主だ。響ちゃんにあれこれ注文していたように変なところにこだわりを持っているし、全体的に年寄り臭いのよ。
顔だけ見れば、そんなに悪い方ではない。むしろ目が垂れていて可愛らしい感じなのに、高校生の癖に背中が常に曲がっているお陰でそれが台無しになっている。家にいる時は常に渋茶を啜っているわよ、きっとね。
もう1人のオオカミ役である高尾君は、顔はテツヤ君に及ばないし、少し痩せ過ぎな感じだけど、やっぱり背が高くてバスケ部だからなのか、女子に凄くモテている。
なんと高野龍哉ファンクラブまで密かに存在しているんだから!
それでも最近小耳に挟んだのだけど、私の友達の長谷川歩ちゃんのことを好きという噂があるみたい。本当なのかしらね?
真相が気になるけど、自分から追及するのは無理なので、誰かが追及するまで待つしかないわよね。時間が経つと共に、こういったことは自分が動かなくても真相がわかったりするもの。
他人が動くところを待つあたりがいかにも舞らしい。
紗智あたりがこのことを知ると顔をしかめるだろう。
響歌が聞けば、すぐに舞が高尾本人に噂を確かめざるを得ない状況に持ち込むだろうが…
舞はそんな友人達の性格をまだ把握していないのか、待っていようとは思いながらも、後で響歌達に確かめてもらう気満々だった。
実はこの場にいるうちの1人、橋本英明については、舞にはあまりコメントすることが無い。顔立ちも良くも悪くも無い。それでも中葉と同じで目が垂れ気味なので笑ったら可愛いのだが…
やっぱり入学式の印象のまま、クラスに1人はいる典型的な脇役的存在よ。女子が大半のクラスなので、そうはいってもまだ目立ってはいるんだけどさ。
普通科にいかなくて良かったねって感じかな。
ちなみに最後の1人である平井悟はこの場にはいない。さっきからソワソワしながら廊下を端から端へ行ったり来たりしている。それに仲間に入れて欲しいのか、教室の中をじっと見ている時もあった。
彼の行動は2学期に入った今でもわからないことが多い。テレ屋らしく、人に声をかけられたら顔がリンゴのように赤くなり、モジモジしている。
それでも舞の予想通り、アニメオタクではあるみたいだ。平井は幼児向けの、女の子が魔法で変身する類のテレビアニメを好んでいる。以前、響歌が暇潰しに声をかけたことがあるのだが、その時にそんなことを言っていたので間違いないだろう。
録画も毎回していて、それを永久保存版にしているのだから相当なものだ。
普段の行動も、中葉に輪をかけて妙なものが多い。だからだろうか、大半の女子が彼のことを避けていた。話しかけてあげる人もいないことはないのだが、少数だ。その中でも、面白がっている人がほとんど。話しかけても顔を赤くしてモジモジしているだけなので、今では誰もまともに彼の相手をしようとは思わなくなっていた。
男子の方は人数が少ないので、たとえ嫌でも彼を避けることは無いのだけど。なかなか普通につき合うことはできないようだ。
だから今も、響歌達はそんな彼の行動には気づいていたが、誰も平井の方に目を向けてはいなかった。のけ者にしているつもりは無いのだが、この場にいてもいなくても関係ない存在なので、わざわざ忙しいこの時間に相手をしようとは誰も思わないのだ。
…こうして見てみると、このクラスの女子の人達って、本当に私以外は損しているわよね。
愛するテツヤ君以外、ロクな人がいないんだもの。
同じ経済科でも4組の方が良かったんじゃないかしら。4組も5組と同じで男子の人数は同じだけど、まともそうな人ばかりだもの。
5組のみんなは2年時にあるクラス替えを凄く待っていそうだわ。
えっ、私?
私はそんなこと、当然望んでいないわよ。
ま、クラス替えがあったとしても、私とテツヤ君は運命の赤い鎖で繋がれているから当然同じクラスになるけどね!
「…舞、ちょっと、舞!」
響歌の自分を呼ぶ声で、舞は我に返った。
「何、響ちゃん?」
「何って…あんたねぇ。いい加減に突然空想世界に浸る悪い癖を治しなさいよ。もう話しも終わったから行くわよ。みんなだっていなくなっているでしょ」
慌てて周囲を見てみると、本当に自分達だけになっていた。
響歌は舞の腕を引っ張って歩き出した。そうしながら舞の耳に顔を寄せる。
「私ってば、いいことをしてあげたでしょ。テツヤ君と隣同士で座れて良かったね。ま、私としては、隣に座ったんだから、もうちょっとはすることがあるでしょ!と思ったけど。舞にとっては、それでも大事件だからね。少しは感謝してよ」
「か、感謝はしたいけど。いきなりこういった場に連れて行かれるのは、ちょっと。本当に心臓が破裂しそうだったんだから。お願いだから、こういうことをするのなら前もって言ってよね」
「なーに言ってんの。わざわざそんなことをしたら、コッチは面白く…」
つい本音を言いかけた響歌を、舞が疑惑の目で見る。
「い、いや、そもそもそんなことを前もって言ったら、あんたが大人しくついて来るわけがないでしょ。『え、今回は遠慮しておきます』で終わるに決まっているわ。そうしているうちに瞬く間に時が流れて、彼とは仲良くなれないまま卒業を迎えるのがオチよ。運命の鎖だかなんだか知らないけど、そろそろそういった乙女的発想なんか止めてアタックしていかないと誰かに取られてしまうわよ。ただでさえこの学校は男子が少ないんだから。木の陰から見ているだけで幸せ。テツヤ君に彼女ができても私はいいの。といった考えでもないんでしょ?」
「そ、それはもちろんそうだけど…」
「だったら文化祭なんて滅多にないチャンスなんだから、利用しないと損よ」
「う~、でも…」
舞と響歌は小声で言い合いながら教室を出た。
相変わらず平井が廊下をウロウロしている。
「あっ、サトル。こんなところで暇そうにしているのなら、男子達のところに行って大道具の手伝いをしてよね」
すれ違いざま響歌にそんなことを言われた平井は、一瞬ビクッと身体を振るわせたものの、高い弱々しい声で『わかった』と答えて教室に入っていった。
「き、響ちゃん。サトルって、呼び捨てなんて…」
みんなが平井のことを『サトル』と呼び捨てしていることを知らないのだろうか。舞はとても慌てていた。
響歌は訝しげに舞を見た。
「じゃあ、舞は彼のことをどう呼ぶのよ?」
「え、サ、サトルさん…かな。いや、サトル…君?」
困惑しながらも答えると、響歌が顔を歪める。
「サ、サトルさんって。サ、サト、サト…アッハハハハ!」
必死に我慢していたが、長くは持たず爆笑した。
「そ、そんなに笑うことないじゃない」
舞は不機嫌丸出しだったが、響歌はまだ笑い続けている。このまま笑い続けて死にそうな勢いだ。
だが、響歌がここまで笑うのも無理はない。平井のことは、今ではもうみんなが呼び捨てだ。そんな中で呼び捨てではなく、しかも『君』ではなくて『さん』付けで呼ぶクラスメイトがいたのだ。
それがまた自分の友人で、しかもぎこちなくそう呼んだのだ。笑うなというのは無理な注文だろう。
「ア、ハハハハ。舞、あんたはやっぱり最高よ!」
笑いながら褒められても全然嬉しくない。
「いやぁ、でも、それでこそ舞よ。そういえば1学期の時なんて、私に対しても『おはようございます』といった挨拶だったもんね。こっちが『おはよう』と言っているにも関わらず!」
「それだけじゃないよ、響ちゃん。以前、『バイバイ』って舞に言ったクラスメイトに、舞が『さようなら』って丁寧に返していたの、私聞いたことがあるもの」
これまでの話を聞いていたのだろう。いつの間にか長谷川歩が可笑しそうに会話に参加してきた。
「相変わらず変なところで丁寧だよね。心の中じゃ、毒舌なことを平気で思っている癖に。表と裏のギャップがかなり激しいわよ、あんた」
「そ、そんなことは…無い…はずで…」
響歌のあまりの言いように、さすがに舞が反論しようとした。
だが、当たっているので堂々と反論ができず、声が段々と小さくなっていった。
「まぁ、まぁ、響ちゃん。舞も計算してそうしているんじゃないんだから。心で思っていることを言葉に出せないんだよ。言いたくても変に緊張してしまうのか、どうしても言えない、可哀想な舞。でも、そこが舞のチャームポイントだもんね」
「…歩ちゃん、それフォローになっていない」
歩が自分を庇ってくれているのはわかるのだが、どうにも素直に感謝できない。内容も内容だったし、笑いながら言われたので面白がられているとしか思えなかった。
不貞腐れる舞の肩を、響歌が叩く。
「確かに、これこそ舞の一番のチャームポイントではあるし、それが無くなったら舞じゃないわ。いつまでもこのままでいてよ。変わらないでよね」
「響ちゃんも、歩ちゃんも。私は好きでこんな性格をしているんじゃないし、できれば治したいと思っているんだからね!」
いつまでもこの性格のままだなんてとんでもない。そのせいで入学してからかなり経つというのに、未だにテツヤ君とまともに話せていないのだから。
このままじゃ、せっかく赤い鎖で結ばれていても、いずれ錆びついてボロボロになってしまう。
「そんなことは絶対にごめんなんだから!」
「あ、葉月さん」
「模造紙調達しに行ってくれていたんだろ。悪いな」
「そんなの、お安い御用よ。あんた達も忙しそうだったもんね。でも、今見る限りだと余裕も出てきたっぽいから、要望を聞いておこうと思って」
「あぁ、もうそろそろ取りかからないとヤバイしな」
響歌はそんな会話を男子達と交わしながらも、舞の腕をがっしりと掴んでいた。舞の方はその間中、口を貝のように閉ざして黙り込んでいた。
嬉しいけど、こ、心の準備が、準備がぁ~。
きょ、響ちゃん。ねぇ、響ちゃんってば!
助けを求めるように響歌を見たが、響歌はそれをわざと無視して男子達と話を進めていく。もちろんその間も舞の腕は掴んだままだ。
結局、しばらく座って話をすることになった。もちろん舞も一緒に。
中葉と高尾は地べたに座っていた腰を上げると、近くにあった椅子に隣同士で座った。その向かいの席に響歌と舞。そして後の男子生徒2人も、暇なのか関係ないはずなのに近くの席に座った。
響歌が舞の方をちらっと見ると、舞はカチンコチンに固まっている。このまま石像化してしまうんじゃないかと思うくらいだ。
舞にはちょっと刺激が強過ぎたかしらね?
響歌はそう思いながら、今度は舞の隣に視線を移した。視線の先には川崎が座っていて橋本英明と話をしている。
でも、これくらいの刺激がないとダメでしょう。せっかくの高校生活なんだから。
しばらく舞のことは放っておくことにして話を進めましょ。
響歌は舞を無視して中葉と高尾に向かう。
「で、オオカミ役の2人の衣装と小道具で、これは絶対必要だというのを教えて欲しいのよ」
中葉と高尾は共にオオカミ役で、響歌はそのオオカミ役の衣装や小道具を任されている。そういった事情から、この場を設けたのだ。
まぁ、高尾君はこだわりがそう無さそうだけど、中葉君の方は凄く細かそうだもんねぇ。作る前に注文を聞いておかないと、後でグチグチと文句を言われそうだわ。
案の定、中葉が待っていましたといわんばかりに口を開いた。
「え~と、まずは一目でオオカミとわかる被りものが欲しいんだ」
「ふん、ふん。なるほど」
「後はやわらかそうなしっぽと眼帯かな。ほら、よく海賊なんかが目に付けている黒いアレね。それから刀も欲しいかな。あ、刃の角度は~で、~~も気をつけて。それと~~~もそうかな。それから…」
最初こそ真剣に聞いていた響歌だったが、中葉のあまりにも長い注文に途中から聞き流し状態だった。一緒に聞いていた橋本にも『それなら自分で作れ』と言われている始末。川崎は大笑いをし、高尾は呆れていた。
そんな中、舞だけがまだ硬直していた。
「どうしたの、今井さん。どこか調子が悪いの?」
正面に座っていたので彼女の様子が気になったのだろう。中葉が話を中断させて舞の顔を覗き込んだ。それにつられて川崎達も舞に視線を向ける。
中葉の一言でいきなり注目の的になり、舞は慌てた。
「え、え、だ、大丈夫です。はい」
舞の隣では、響歌が声を押し殺して笑っていた。
もう、後で覚えておいてよ、響ちゃん!
「本当に大丈夫?」
高尾も心配そうだったが、舞は頷くだけだった。
さすがに『隣にテツヤ君がいるので、ドキドキして心臓が破裂しそうなの』とは言えない。
そのドキドキさせている張本人は、まさか自分が原因だとは思ってもいないのだろう、不思議そうに舞を見ていた。
面白過ぎる光景なのでずっと見ていたいが、さすがにこのままだと舞が壊れてしまう。響歌はそう判断すると、ようやく助け舟を出した。
「この子はいつもこうだから、あまり気にしないであげて。それよりも話の続きよ。早く取りかからないと文化祭に間に合わなくなってしまうわ」
響歌によって、舞は注目の的からようやく逃れられた。
あぁ、良かった。響ちゃんの助けがあと一歩でも遅ければ、この場から逃げ出していたわ。
こんなに奥ゆかしい私にとっては、いきなり注目を浴びる立場になるとどうしていいのかわからなくなってしまうのよ。
中葉君も余計なことを言わないでよね!
端から見れば、中葉の一言は決して余計なことではなくてむしろその逆なのだが、舞にとってはそうではないらしい。
相変わらず心の中では勝手なことを思っている舞だった。
それでもようやく舞の中にあった緊張も解れてきたので、じっくりと隣以外の男子達を観察することにした。
男子達とはこれまであまり話したことが無いけど…というよりも皆無に等しい。
こうして近くで見ても、みんなの印象は入学式の日に感じたものとあまり変わっていないわね。
テツヤ君は別格なので、この場では置いておくことにして…
オオカミ役の1人である中葉君は、やっぱり普通の人とは違った雰囲気の持ち主だ。響ちゃんにあれこれ注文していたように変なところにこだわりを持っているし、全体的に年寄り臭いのよ。
顔だけ見れば、そんなに悪い方ではない。むしろ目が垂れていて可愛らしい感じなのに、高校生の癖に背中が常に曲がっているお陰でそれが台無しになっている。家にいる時は常に渋茶を啜っているわよ、きっとね。
もう1人のオオカミ役である高尾君は、顔はテツヤ君に及ばないし、少し痩せ過ぎな感じだけど、やっぱり背が高くてバスケ部だからなのか、女子に凄くモテている。
なんと高野龍哉ファンクラブまで密かに存在しているんだから!
それでも最近小耳に挟んだのだけど、私の友達の長谷川歩ちゃんのことを好きという噂があるみたい。本当なのかしらね?
真相が気になるけど、自分から追及するのは無理なので、誰かが追及するまで待つしかないわよね。時間が経つと共に、こういったことは自分が動かなくても真相がわかったりするもの。
他人が動くところを待つあたりがいかにも舞らしい。
紗智あたりがこのことを知ると顔をしかめるだろう。
響歌が聞けば、すぐに舞が高尾本人に噂を確かめざるを得ない状況に持ち込むだろうが…
舞はそんな友人達の性格をまだ把握していないのか、待っていようとは思いながらも、後で響歌達に確かめてもらう気満々だった。
実はこの場にいるうちの1人、橋本英明については、舞にはあまりコメントすることが無い。顔立ちも良くも悪くも無い。それでも中葉と同じで目が垂れ気味なので笑ったら可愛いのだが…
やっぱり入学式の印象のまま、クラスに1人はいる典型的な脇役的存在よ。女子が大半のクラスなので、そうはいってもまだ目立ってはいるんだけどさ。
普通科にいかなくて良かったねって感じかな。
ちなみに最後の1人である平井悟はこの場にはいない。さっきからソワソワしながら廊下を端から端へ行ったり来たりしている。それに仲間に入れて欲しいのか、教室の中をじっと見ている時もあった。
彼の行動は2学期に入った今でもわからないことが多い。テレ屋らしく、人に声をかけられたら顔がリンゴのように赤くなり、モジモジしている。
それでも舞の予想通り、アニメオタクではあるみたいだ。平井は幼児向けの、女の子が魔法で変身する類のテレビアニメを好んでいる。以前、響歌が暇潰しに声をかけたことがあるのだが、その時にそんなことを言っていたので間違いないだろう。
録画も毎回していて、それを永久保存版にしているのだから相当なものだ。
普段の行動も、中葉に輪をかけて妙なものが多い。だからだろうか、大半の女子が彼のことを避けていた。話しかけてあげる人もいないことはないのだが、少数だ。その中でも、面白がっている人がほとんど。話しかけても顔を赤くしてモジモジしているだけなので、今では誰もまともに彼の相手をしようとは思わなくなっていた。
男子の方は人数が少ないので、たとえ嫌でも彼を避けることは無いのだけど。なかなか普通につき合うことはできないようだ。
だから今も、響歌達はそんな彼の行動には気づいていたが、誰も平井の方に目を向けてはいなかった。のけ者にしているつもりは無いのだが、この場にいてもいなくても関係ない存在なので、わざわざ忙しいこの時間に相手をしようとは誰も思わないのだ。
…こうして見てみると、このクラスの女子の人達って、本当に私以外は損しているわよね。
愛するテツヤ君以外、ロクな人がいないんだもの。
同じ経済科でも4組の方が良かったんじゃないかしら。4組も5組と同じで男子の人数は同じだけど、まともそうな人ばかりだもの。
5組のみんなは2年時にあるクラス替えを凄く待っていそうだわ。
えっ、私?
私はそんなこと、当然望んでいないわよ。
ま、クラス替えがあったとしても、私とテツヤ君は運命の赤い鎖で繋がれているから当然同じクラスになるけどね!
「…舞、ちょっと、舞!」
響歌の自分を呼ぶ声で、舞は我に返った。
「何、響ちゃん?」
「何って…あんたねぇ。いい加減に突然空想世界に浸る悪い癖を治しなさいよ。もう話しも終わったから行くわよ。みんなだっていなくなっているでしょ」
慌てて周囲を見てみると、本当に自分達だけになっていた。
響歌は舞の腕を引っ張って歩き出した。そうしながら舞の耳に顔を寄せる。
「私ってば、いいことをしてあげたでしょ。テツヤ君と隣同士で座れて良かったね。ま、私としては、隣に座ったんだから、もうちょっとはすることがあるでしょ!と思ったけど。舞にとっては、それでも大事件だからね。少しは感謝してよ」
「か、感謝はしたいけど。いきなりこういった場に連れて行かれるのは、ちょっと。本当に心臓が破裂しそうだったんだから。お願いだから、こういうことをするのなら前もって言ってよね」
「なーに言ってんの。わざわざそんなことをしたら、コッチは面白く…」
つい本音を言いかけた響歌を、舞が疑惑の目で見る。
「い、いや、そもそもそんなことを前もって言ったら、あんたが大人しくついて来るわけがないでしょ。『え、今回は遠慮しておきます』で終わるに決まっているわ。そうしているうちに瞬く間に時が流れて、彼とは仲良くなれないまま卒業を迎えるのがオチよ。運命の鎖だかなんだか知らないけど、そろそろそういった乙女的発想なんか止めてアタックしていかないと誰かに取られてしまうわよ。ただでさえこの学校は男子が少ないんだから。木の陰から見ているだけで幸せ。テツヤ君に彼女ができても私はいいの。といった考えでもないんでしょ?」
「そ、それはもちろんそうだけど…」
「だったら文化祭なんて滅多にないチャンスなんだから、利用しないと損よ」
「う~、でも…」
舞と響歌は小声で言い合いながら教室を出た。
相変わらず平井が廊下をウロウロしている。
「あっ、サトル。こんなところで暇そうにしているのなら、男子達のところに行って大道具の手伝いをしてよね」
すれ違いざま響歌にそんなことを言われた平井は、一瞬ビクッと身体を振るわせたものの、高い弱々しい声で『わかった』と答えて教室に入っていった。
「き、響ちゃん。サトルって、呼び捨てなんて…」
みんなが平井のことを『サトル』と呼び捨てしていることを知らないのだろうか。舞はとても慌てていた。
響歌は訝しげに舞を見た。
「じゃあ、舞は彼のことをどう呼ぶのよ?」
「え、サ、サトルさん…かな。いや、サトル…君?」
困惑しながらも答えると、響歌が顔を歪める。
「サ、サトルさんって。サ、サト、サト…アッハハハハ!」
必死に我慢していたが、長くは持たず爆笑した。
「そ、そんなに笑うことないじゃない」
舞は不機嫌丸出しだったが、響歌はまだ笑い続けている。このまま笑い続けて死にそうな勢いだ。
だが、響歌がここまで笑うのも無理はない。平井のことは、今ではもうみんなが呼び捨てだ。そんな中で呼び捨てではなく、しかも『君』ではなくて『さん』付けで呼ぶクラスメイトがいたのだ。
それがまた自分の友人で、しかもぎこちなくそう呼んだのだ。笑うなというのは無理な注文だろう。
「ア、ハハハハ。舞、あんたはやっぱり最高よ!」
笑いながら褒められても全然嬉しくない。
「いやぁ、でも、それでこそ舞よ。そういえば1学期の時なんて、私に対しても『おはようございます』といった挨拶だったもんね。こっちが『おはよう』と言っているにも関わらず!」
「それだけじゃないよ、響ちゃん。以前、『バイバイ』って舞に言ったクラスメイトに、舞が『さようなら』って丁寧に返していたの、私聞いたことがあるもの」
これまでの話を聞いていたのだろう。いつの間にか長谷川歩が可笑しそうに会話に参加してきた。
「相変わらず変なところで丁寧だよね。心の中じゃ、毒舌なことを平気で思っている癖に。表と裏のギャップがかなり激しいわよ、あんた」
「そ、そんなことは…無い…はずで…」
響歌のあまりの言いように、さすがに舞が反論しようとした。
だが、当たっているので堂々と反論ができず、声が段々と小さくなっていった。
「まぁ、まぁ、響ちゃん。舞も計算してそうしているんじゃないんだから。心で思っていることを言葉に出せないんだよ。言いたくても変に緊張してしまうのか、どうしても言えない、可哀想な舞。でも、そこが舞のチャームポイントだもんね」
「…歩ちゃん、それフォローになっていない」
歩が自分を庇ってくれているのはわかるのだが、どうにも素直に感謝できない。内容も内容だったし、笑いながら言われたので面白がられているとしか思えなかった。
不貞腐れる舞の肩を、響歌が叩く。
「確かに、これこそ舞の一番のチャームポイントではあるし、それが無くなったら舞じゃないわ。いつまでもこのままでいてよ。変わらないでよね」
「響ちゃんも、歩ちゃんも。私は好きでこんな性格をしているんじゃないし、できれば治したいと思っているんだからね!」
いつまでもこの性格のままだなんてとんでもない。そのせいで入学してからかなり経つというのに、未だにテツヤ君とまともに話せていないのだから。
このままじゃ、せっかく赤い鎖で結ばれていても、いずれ錆びついてボロボロになってしまう。
「そんなことは絶対にごめんなんだから!」