舞は響歌と紗智、歩、真子と一緒に浄瑠璃海岸に来ていた。

 3月もあと少しで終わろうとしている。彼女達は数時間前、1年最後の終業式を終えたばかり。明日から始まる春休みを終えた後は新学年2年生の始まりだ。4月になると、とうとう運命のクラス替えが彼女達を待っている。

 本当はみんな一緒のクラスがいいのだけど…

 だって1年の時って、すっごく楽しかったもの。みんなと離れるのはすっごく惜しいわ。

 担任もビーバーのままでいいから、5組のままでいいよー!

 …とは思うけど、やっぱり無理だよねぇ。

 だから5人一緒のクラスの最後の思い出として、みんなで海に行こうという話になったのだ。

 海といえば、一番近いのが浄瑠璃海岸。ということで紗智達にとっては帰り道ではないが、わざわざここまで来てもらった。

「ちょっと風が冷たいけど、やっぱりこの景色って最高。1年の最後にみんなでここに来られて良かったね」

 舞が思いっきり背伸びをすると、紗智がニヤニヤしながら舞の肩を突いた。

「ムッチーにとって、この場所はデートの思い出の場所でもあるもんね」

 真子も紗智に続く。

「ここで夕日をバックにキスしたなんて、まるでドラマのワンシーンみたい。ロマンチックで素敵な思い出だね」

 響歌と歩は何も言わなかったが、彼女達の表情は紗智や真子と同じだった。

 みんなにからかわれていると悟った舞は、しかし中葉との思い出の余韻の方が勝っているのか、うっとりとしながら海を見つめた。

「えぇ、本当に夢のようだったわ。ここまで自転車で来るのは大変だったけど、あの夕日に照らされながらの接吻でそんな疲労は宇宙の彼方へ吹き飛んでしまったわよ。みんな、1人だけ幸せになって本当にごめんね。でも、大丈夫、大丈夫よ。2年になったら、みんなにだって必ずチャンスはあるから。さっちゃんと歩ちゃんは木村君や細見さんと近づけるチャンスが来るし、まっちゃんと響ちゃんは高尾君や黒崎君と必ず一緒のクラスになれるから!」

 その自信はいったいどこから来るのだろう。

 4人の思いはやはりここでも一緒だった。

「本当にそうなるのかどうかは別にして、ムッチーは中葉君と一緒のクラスになれなくていいの?さっき言った言葉の中に中葉君の名前は無かったけど」

 不思議そうな歩に、舞は大きく胸を張る。

「野暮なことを訊かないでよ。私と中葉君は同じクラスになるに決まっているんだから。なんたって運命の赤い鎖で繋がれているんですからね。クラス替えくらいで私と中葉君を繋ぐ鎖は切れないのよ」

「…そうだね」

 バカな質問をしたと、後悔する歩だった。

 そんな歩の隣で、紗智は目を細めながら真子を見た。

「私としては私達5人がバラバラになってもいいから、まっちゃんと高尾君だけは一緒のクラスになって欲しいな」

 紗智の言葉に、真子は感激した。

「そ、そんな。私のことはいいよ。そりゃ、高尾君と同じクラスになりたい気持ちはあるけど、それよりもやっぱり5人一緒がいいよ。5人のままでいられるのなら、高尾君とクラスが離れてもいいよ」

「それで高尾君に告白するっていうストーリーなんだ。そんなに結論を急がなくても、もっとゆっくり構えてもいいと思うんだけどなぁ。クラスが離れても隣なだけなんだし…」

 歩は真子の告白に賛成できなかった。

 真子は舞と響歌に告白するかもしれないことを伝えた後、紗智と歩にもそのことを伝えていたが、その時から歩もそうだが、紗智も真子の告白に乗り気ではない。やはり結果が目に見えているからだ。2人は真子を哀しい目に遭わせたくないのだ。

 告白してもいいんじゃないかと言っていた響歌は、今は沈黙を保っている。クラス発表が終わるまで静観するらしい。舞は響歌を見て、それを悟った。

 そうだよね、私も響ちゃんを見習って、まっちゃんの件に関しては黙っていよう。ここで言い合っていても仕方がないもの。

 まぁ、私も本当は告白して欲しくないのだけど…

 そもそもクラスが離れたからといって、話すチャンスが無くなるっていうのはどう考えても変だよ。大袈裟に考え過ぎだ。さっちゃんと木村君、歩ちゃんと細見さんなんて一緒にクラスになりたいといった、そんな希望さえ持てないのよ。響ちゃんだって黒崎君とは違うクラスなのに、チャンスを作って仲良く話している。

 みんなの立場から言えば、今までのまっちゃんの立場は凄く恵まれていた。クラスが離れたとしてもみんなと一緒の条件になるだけだ。一緒のクラスでなければダメなのなら、他の3人はとっくに告白していなければならないじゃない。

 うん、どう考えてもスッキリしないわ。

 運任せで告白するかしないか決めているようなものだからなのかしらね?

 まぁ、それでもまっちゃんも考えに考えて出した結論だろうから、あまり否定はしたくないのだけど。

 歩は反対していたが、真子の決心は固かった。

「いくら言っても、私は決めたから」

「そんなぁ」

 歩はうなだれたが、紗智は真子の味方にまわったようだ。

「ここまで言っているんだから、もういいじゃない。まっちゃんも相当悩んで決めたんだろうし、これから先どんなことがあっても、私はまっちゃんを応援するよ」

 応援…ねぇ。

 さっちゃんはまっちゃんと一番仲がいいから、最終的にはまっちゃんの肩を持つとは思ったよ。

 まぁ、いいか。私も断固反対する気は無いから、もう口は出さないでおこう。

 歩はそう決めると、次のターゲットに目を向けた。

 歩のターゲットとなっている人物は、さっきから舞達の会話に加わらずに1人で海を眺めていた。

 彼女は今何を考えているのだろう。

 歩は海を見ている人物の傍に行った。

「響ちゃん、1人で黄昏ているけど、何を考えているの?」

 響歌はいきなり声をかけられて驚いたものの、すぐ笑顔になる。

「別にー、何かを考えていたわけじゃないよ。久々にゆっくり海を見る機会ができたから、それを堪能しているだけ」

 そう言うと一旦言葉を切って、大きく伸びをした。

「この場所はデートの定番だと言われているけど、誰と来てもいい気分にさせてくれるよ。やっぱり今日、みんなで海に来て正解だったね」

「そうだね。特に私達は山間の学校に通学しているから、こんな場所は凄く新鮮だよ。気持ちを新たに2年生に向かってレッツ、ゴーって感じに嫌でもなるよね。でも、響ちゃん。響ちゃんの心の中にいる人達も、これを機に一掃して…というのはダメだからね。2年生になったら、よりパワーアップして恋愛にも励もうね!」

 響歌は一瞬何を言われているかわからなかったが、すぐに気づいて溜息を吐いた。

「もう、歩ちゃんったら。ここに来てまでそういうことを言うのは止めてよ。今は男性との恋愛沙汰よりも、みんなとの友情を感じていたいんだから」

 舞は紗智と真子の会話に参加していたが、響歌と歩の会話も気になったので耳はそっちの方に集中していた。

 心の中で歩を応援しながら…

 それでも響歌に伝えなければいけないことを思いだして、焦って声をあげる。

「そうだ、響ちゃん。響ちゃんにもとうとうチャンスが到来したんだよ!」

 舞は響歌の傍に来ると、強い力で響歌の肩を掴んだ。

 少し…どころか、かなり興奮している。

「い、いきなり何よ」

 突然変貌した舞に、響歌は引き気味だ。

「黒崎君、加藤さんと別れたんだって!」