それでもまだ響歌に訊いてみたいことがあったので、響歌が落ち着いてから彼女に話しかけた。

「あの、私ね、まだ響ちゃんに訊いてみたいことがあるんだけど」

「何?」

「橋本君と川崎君のことはどう思っているの?」

「友達だよ」

 友達…ねぇ。

 真子は響歌の答えにあまり納得できなかった。

 響歌が飲んでいるアイスコーヒーを口から外し、グラスを置く。

「まっちゃんは橋本君に対する気持ちを聞きたいんでしょ。わざわざ川崎君の名前を入れなくてもそれくらいわかるわよ」

 どうやら橋本への気持ちだけを聞きたかったのがバレていたらしい。

 舞も、うん、うん、と頷いている。

「橋本君とも色々あるんだけどさ。もう、聞いてよ、まっちゃん。響ちゃんったら、橋本君にも惹かれ始めていたんだけど、黒崎君と同じくその気持ちも封印するんだって。勿体ない話だよ。本当に勿体ない。あっ、響ちゃん。だったらさ、いっそのこと方向転換してテツヤ君にしておいたら?」

「なんでそこで川崎君になるのよ」
 
 響歌は舞の提案に不服そうだ。

「だって私も、ダブルデートの相手は自分好みの男性がいいもの。黒崎君や橋本君でもいいんだけど、やっぱり理想はテツヤ君だよね。なんたって、やっぱりカッコイイもの。好みの男性2人に囲まれてデートだなんて、なんてうれし恥ずかしいことなんでしょう!フフフフフ…」

 結局は自分が楽しみたいだけのようだ。

「そんな理由の為に私と川崎君をくっつけようとしないでよね。とにかく今はフリー生活を楽しみたいの。邪魔しないでよね」

「わかっているって。私も今は自分のことで精一杯なんだから。今日もこれから明日の準備をしなくちゃならないしね」

「明日って、何かあるの?」

 明日のデートを知らない真子が、不思議そうに訊いてきた。

 舞は鞄から鏡を取り出すと、自分の顔を見つめた。

「何って、当たり前なことを訊かないでよ。明日は中葉君が宮内まで来てくれて、海辺のデートをするのよ。その為に、この後は服装のチェックをして、お風呂に3時間入って、パックをして、トリートメントをして、手のお手入れをして…って、色々することがあるんだから。愛される女性は本当に大変なのよ」

「あ…ハハハ、本当に大変なんだね」

 真子は訊いた自分を責めたい気分だった。

 響歌はわざとらしく外を見ている。

「わ、私、そろそろ行くね。高尾君のことも相談できたし、もう帰らないと遅くなるから」

 真子は財布を取り出すと、自分が注文した分のお金をテーブルの上に置いて立ち上がった。

 これ以上、舞のノロケ話を聞きたくなかったのだ。

 要するに、逃げるのである。

「あっ、まっちゃん!」

 真子は舞が呼ぶ声にも振り向かず、逃げるように喫茶店から出て行った。

 響歌の方は止める気が無く、真子に向かって手を振っていた。

「急にどうしたんだろ?」

 舞は不思議そうだったが、響歌は真子の気持ちが痛い程よくわかっていた。それでもそのまま口には出さずに別のことを言う。

「きっと高尾君への想いを全部言えてスッキリしたのよ。それにまっちゃんの家って、柏原駅からまた電車に乗って20分はかかるっていう話じゃない。今から帰ったとしてもかなり遅くなるから急いでいたのよ、きっと」

「そういえばそうだね。まっちゃんも遠路はるばる宮内まで来たんだからゆっくりしていったらいいのにって思っていたけど、そうもいかないよね。遅くなると、まっちゃんも学生だから補導されてしまうもの。早めに帰らせてあげなくっちゃ」

 補導されるのなんて舞達くらいだ。

 そもそもここは田舎なのだ。夜は外灯の明かりだけで店は全部閉まってしまう。終電の時間も早い。そんな場所で夜遊びする学生は少数だろう。警察が見回る必要なんてまったく無い。そんな場所で補導された2人は希少価値ものだ。

 バカップルも見方を変えれば大物カップルである。

 そんな大物カップルの片割れは、呑気そうに友人Mの恋愛について話していた。

「それにしてもまっちゃんが未だに高尾君のことを狙っていたとは思わなかったよ。災難は忘れた頃にやってくるというのは本当のことなんだね」

 真子の恋を災難呼ばわりするとは失礼な話である。

 響歌は呆れて何も言わなかったが、舞は構わずに話を続けた。

「どうしよう、響ちゃん。まっちゃんと高尾君がクラス離れたら、まっちゃんは大失恋を味わうことになるんだよ。なんでさっき、響ちゃんはまっちゃんを止めてくれなかったの!」

 響歌は真子の告白を止めなかった。それどころか後押しをしていた。

 そんなことをしたらまっちゃんにあのことがバレる可能性が高まってしまうし、高尾君が酷いことを言ってまっちゃんを傷つけてしまうじゃないの!

 まっちゃん、立ち直れないかもしれないよ。

「私もちょっとヤバイかもとは思ったわよ。でも、まっちゃんと高尾君が同じクラスになる確率も半分はあるんだから。それにもし別のクラスになってまっちゃんが告白したとしても、高尾君が男子全員にまっちゃんの気持ちがバレていることまで言うとは思えないのよ。『告白してきたら云々~』についても、本当にそうするのかしらね。男子達の前だから誇張したのもあると思うよ。だから断ることは断るのだろうけど、普通にするんじゃないかな。それにもしこっぴどくまっちゃんが振られたとしても、それはそれでまっちゃんにとってはいい経験になると思うんだ。その方が早く次に行けるしね。だからさっき止めなかったのよ」

 なる程、そういった見方もあるんだ。


「さっすが、響ちゃん。相変わらず鋭い指摘だね。なんだか私もそう思えてきたよ。どの恋愛にも障害はあるからね。苦しいことや辛いことを避けていては人間大きく成長できないしさ。まっちゃんにはこの経験を糧にして大きく羽ばたいてもらおう。私達の友情パワーで慰めてもあげられるしね」

 舞は真子を勝手に告白させ、勝手に失恋させていた。

「まったく…ムッチーはいつも早急なんだから。まだクラスがどうなるのかもわからないのにまっちゃんを勝手に失恋させてはダメよ。とにかくこの件については、もう少し様子を見ましょ」

 響歌は話を切り上げると、再びケーキに向かった。

「うん、美味しい。私、ここのレアチーズケーキのファンになりそうだわ。ほら、ムッチーも早く食べて帰らないと、明日の用意が待っているんでしょ」

 そうだった。早く帰らないと用意する時間が少なくなってしまう。

「そうよね、響ちゃん。思い出させてくれてありがとう。早く食べて、今日は帰らなくっちゃ。待っていて、中葉君」

 舞は残っていたチョコレートケーキの半分を豪快に一口で食べた。

「ふん、ほんほうひ、ほいひいは」

 何を言っているのかまったくわからない。

 これが本当に恋する乙女の姿なのだろうか。

 響歌は目の前で頬を膨らませてモグモグ食べている舞を呆れながら見ていた。