響歌が真子に詰め寄る。

「また、どうしてクラスが離れたら告白っていうことになるの。じゃあ、同じクラスになったら告白しないっていうこと?」

「もちろん同じクラスになったら告白しないよ。それだと振られた時に気まずくなるし、話すタイミングも何もかも無くなってしまうから。同じクラスでそれだとキツイでしょ」

「まぁ、そうだよね」

「その点、違うクラスなら、失敗した場合でも顔を合わせなくて済むもの。それに同じクラスの今でさえ話しかけるチャンスがなかなか無いのに、離れてしまったらもう二度と無い気がして。だったら告白してスッキリしようと思ったの」

「…そう、まっちゃんが決めたのならそれでいいんじゃないの。告白するのもいい案だと思うよ」

 き、響ちゃ~ん!

 舞は心の中で絶叫していた。

 告白なんてしてしまうと、まっちゃんが傷ついてしまうでしょうが!

 まさか響ちゃんってば、自分も失恋中だから同じ仲間が欲しいんじゃないでしょうね。

 あぁ、私と中葉君がハッピーエンドになってしまったばっかりに!

「言いたいことがあるのなら聞いてあげるわよ、ムッチー」

 マズイ、考えていることが顔に出ていた?

 舞は慌てて話題を変える。

「い、言いたいことなんてあるわけがないよ。あっ、そうだ。ここは景気よくケーキセットを頼もうよ。まっちゃんはご飯を食べたばかりだけど、デザートは別腹というしさ。ねぇ、食べようよ。景気よくケーキって、なんかシャレている感じだね。ケーキという名前をつけた人って凄いね。きっと景気がいいことを表す為に、クリスマスとかのイベント時にはみんなケーキを食べるんだね」

 …それは違うだろう。

 響歌と真子は心の中でハモっていた。

 そもそも景気は日本語で、ケーキは外国語だ。

 しかし舞にそんな反論をしても意味が無いので、2人はこれについて沈黙することを決めた。

 そんな2人の心中知らずの舞は、嬉々としてメニュー表を広げる。

「あっ、チョコレートケーキが美味しそう。私、それにしようかな。ドリンクは健康的にホットミルクにしよう。2人はどれにする?」

 仕方がなく。でも、確かに響歌達も食べたくなってきたので素直にメニューを覗き込んだ。

「じゃあ、私はレアチーズケーキにしようかな。ドリンクはもちろんアイスコーヒーね。まっちゃんはどうする?」

「私はショートケーキにする。それとハーブティーかな」

 ケーキセットの種類もあっさり決まったので早速注文すると、すぐに舞達の前に届いた。

「わぁ、美味しそう。でも、このショートケーキ、生クリームが乗り過ぎだよ。嬉しいけど、体重計がまた怖くなるなぁ」

「大丈夫だよ、まっちゃん。ここのケーキって、スポンジ生地は甘めだけど、その分、生クリームは甘さを控えているから。意外とすんなり食べられるよ。私も食べたことがあるけど、美味しいから全部食べちゃった」

「響ちゃん、それで後で『ダイエットが!』って叫んでいたよね。でも、見た感じは変わっていないから。もっと食べても全然大丈夫でしょ」

「そうかなぁ」

「それにしても今日の響ちゃんのオーダーは少し大人な感じだね。アイスコーヒーはいつも通りだけど、レアチーズなんて洒落ているじゃない」

「それはレアチーズケーキを作った人のセンスがいいのよ。私もこれは初めて頼んだけど、普通のシンプルなケーキが出てくるのだと思っていたらまったく違ったんだもの。トッピングも多いし、ちょっと驚いたわ」

「いいよね、宮内駅前にはこんなお店があって。店舗数は断然柏原駅前の方が多いけど、これといった店が無いからなぁ」

 華やかなケーキが登場したせいか、おしゃべりの内容も自然と軽くなっていた。

 そんな中、真子が今気づいたように舞に訊く。

「チョコレートケーキといえば…ムッチーってバレンタインの時、やっぱり中葉君にチョコをあげたんだよね?」

 女子高生にとっては最大のイベント、バレンタイン。その日は既に1週間前に終わっていた。当然、舞は中葉に渡している。

「もちろんあげたわよ。しかも手作りなの。実は中葉君ってチョコレートがダメなんだ。だから迷ったんだけど、やっぱりバレンタインだし、ケーキなら食べてくれるかなと思ってチョコレートケーキにしたの」

 あぁ、だから頼んだケーキも、思い出のチョコレートケーキなのか。

 真子の視線が、舞からその前にあるチョコレートケーキへと移る。

「へぇ、凄いね。チョコレートケーキなんて大変そうなのに作ってあげたんだ」

「あ、えぇ、ま、まぁね」

 何故か口ごもる舞。

 響歌は疑惑の目で舞を見たが、真子は舞の変化に気づいていない。まだ感心していた。

「もちろん中葉君も喜んでくれたんでしょ?」

「当たり前だよ、もちろん美味しく食べてもらったわ。あの食べっぷりを思い出すだけで、舞、嬉しくなっちゃう」

 先程の動揺が嘘のように、舞はうっとりした。

 またトリップ化が始まるのか!

 響歌は身構えたが、舞の言葉に少し疑問を感じた真子が再び質問したことによって阻まれた。

「もしかして中葉君って、ムッチーの目の前でチョコレートケーキを食べてくれたの?」

「そうよ。実はチョコレートケーキを渡した日って、バレンタインの日じゃなくてその後にあった日曜日のデートの時なの。やっぱり恋人同士になったとはいっても、学校で渡すのは恥ずかしかったから」

「だからすぐにその場で食べてもらえたんだ。チョコレートケーキなのに学校で食べたのかと思ってちょっと驚いたんだけど、違ったんだね」

「違う、違うのよ、まっちゃん。私は日曜日に渡したんだけど、その翌日に中葉君ったら、学校にチョコレートケーキを持ってきてくれたの。そしてそれを数日経った後の放課後、私と響ちゃんの目の前で食べてくれたのよ。あの食べっぷりを思い出すだけで、舞、嬉しくなっちゃう」

 真子は思った。それは嬉しいことなのだろうか…と。

 しかもそれだと、一番の被害者は…

 真子が響歌をチラッと見ると、彼女はうんざりした表情をしていた。

 ご愁傷様です。真子は心の中で響歌にそう言っておいた。

「そうそう、聞いてよ、まっちゃん。響ちゃんったら、中葉君には十円チョコ数枚しかあげていないんだよ。中葉君はブツブツ言っていたのにケロっとしていてさぁ…」

「いいじゃない。だいたい中葉君は贅沢なのよ。彼女からあんなに立派なチョコレートケーキもらっておきながら、私にまでチョコを要求するんだもの。しかもあの人って、元々はチョコが嫌いなんだからあのくらいで十分のはずじゃない。文句を言われる筋合いは無いわ」

響歌は腹立たしそうだったが、もちろん舞は彼氏をフォローした。

「それは違うよ、響ちゃん。中葉君はチョコが欲しいわけじゃなくて、このバレンタインを機に響ちゃんとの友情も再確認したかったんだよ。だってね、まっちゃん。響ちゃんって、テツヤ君と橋本君には義理だけど立派な五百円くらいするチョコをあげているんだよ。それなのに中葉君だけ十円チョコ数枚って。ちょっと酷いと思わない?」

「響ちゃん、橋本君と川崎君にはチョコをあげたんだ。で、黒崎君には?」

 真子は舞の言葉を無視して響歌に訊ねた。

「あげてない。だって彼女いるし、気恥ずかしいし…」

「気恥ずかしいって、響ちゃんらしくないね。なんだか私のセリフみたい。橋本君と川崎君にあげたのなら、黒崎君にも義理でもいいから渡しておけば良かったのに。いつもの響ちゃんらしく」

「そんなこと、言ったって…」

「そうだよね。響ちゃんってさぁ、テツヤ君と橋本君に渡す時なんて、放課後のまだ人がたくさんいる時にストーブの近くにいた2人に堂々と渡していたんだよ。それなのに黒崎君にチョコを渡せないなんて。黒崎君にチョコを渡すことが響ちゃんの最大の使命なのに!」

 真子に無視されて怒っていた舞も、響歌のバレンタイン時の行動には凄く意見したかったらしく強引に割り込んできた。

 突然会話に加わってきた舞に驚きながらも、響歌は反論する。

「ムッチーは忘れているみたいだけど、私はこの間、黒崎君への想いを封印するって言ったでしょ。そもそも黒崎君だって、彼女から立派なバレンタインチョコをもらっているはずなんだから。私の出る幕なんてどうせ無いのよ」

「黒崎君への気持ちを封印って…もしかして響ちゃん、黒崎君を諦めたの?えっ、どうして。響ちゃんと黒崎君って、結構似合っていると思っていたんだけどなぁ」

「でしょう。まっちゃん、もっと言ってやって。ホント、聞きわけのない子なんだから!」

「私はあんたの子になった覚えは無い」

 険悪な雰囲気になってきた。

 真子はそれに気づき、慌てて止める。

「まぁ、まぁ、ムッチーも、響ちゃんも落ち着いて。響ちゃんだって簡単に諦めるという結論を出したわけじゃないんでしょ。きっと凄く悩んで、苦しんで出した結論なんだよ。ムッチーも響ちゃんを責めた風に言っていたけど、それはきっと響ちゃんに幸せになってもらいたいといった、純粋な心からの言葉だと思うしね。お互い、お互いの心情をわかり合おうよ」

 真子の言葉に、2人は従った。

 いや、舞も響歌も反論したい気持ちはあるのだが、真子の穏やかな様子を見て自分が子供のように思えたのだ。

 舞は心を落ち着かせる為に目の前にあるチョコレートケーキを口にする。響歌も同じようにレアチーズケーキを食べ、アイスコーヒーを飲んだ。

 真子はそんな2人を見て安心した。