もしかしなくても…私ってば、すっごい貴重なチャンスを逃してしまったわよね?
入学式から大分経つけど、テツヤ君が女子に話しかけているところなんてこれまで見たことが無かったわ。女子の方から話しかけても、一言二言くらいで終わっていたと思う。
そんな彼が、なんと私に話しかけてくれたのよ!
嘘じゃないわ、本当よ。さっきまで彼が、私のすぐ後ろ。そう、ここ、ここに立っていたのよ!
それなのに私ってば、もう!
舞は自分を責めまくっていたが、川崎がさっき言ったことを思い出して首を傾げた。
それにしてもテツヤ君って、なんであんな言葉を言ったのかしら?
私に声をかけたかったにしても、もっと違う言葉があったはずよ。ほら、たとえば『色塗り、大変だね』とか。『文化祭、ワクワクするね』とか。
それなのに『空が青い』って…ねぇ?
テツヤ君もおかしな人ね。空が青いのは当たり前じゃない。空が緑やピンクだったら怖いわよ。
もしかしなくてもテツヤ君って、青色が嫌いなのかしら。
こんなに美しい色なのに…
舞は自分と川崎の好みが違うと勝手に判断し、少し不満だった。自分と好きな人の好みは同じでなくてはいけないといった、妙な考えを持っていたのだ。
実際のところは、川崎にとっても青色は嫌いな色ではなく、むしろ好きな方なのだが…
そうとは知らない舞は、作業の手を止めて考え込んだ。
テツヤ君の好きな色って、何色なのかしら。
もしかして緑色?
でも、緑色なんて空に使ったらダメでしょう。地面にも使う予定なんだから、背景が草だらけになってしまうわ。虫も湧き放題じゃない。
じゃあ、黄土色とか?
いやいや、それこそ地面が上にもあっておかしくなってしまうわ。観客の皆様も混乱してしまうわよ。
ということは、赤?
あらいやだ、赤もカッコイイんだけど、ホラー映画じゃないんだから血が滴り落ちるような感じになってもダメでしょ。
だったら黄色ね!
あら、金の部屋みたいで素敵…じゃない、じゃない。どこかの王族じゃないんだから、そんな部屋は無縁でしょ!
空の色を川崎の好むものにしたいのに、彼の好きそうな色と空の色がなかなか合わない。
それでも舞は熱心に考え込んだ。
その甲斐があったのか、しばらくした後、ようやくそれに該当する色を思いついた。
早速、絵の具セットに手を伸ばしてその色を選び取る。
舞が手にした色は黒だった。
確かに空の色には黒を使ったものもある。いってみれば夜空だったら黒を使っても何もおかしくはない。
それでも舞達5組がすることになっている劇は『オオカミと七匹の子ヤギ』のコメディ。内容は原作とはかけ離れているが、それでも夜の場面は一切無い。燦燦とお天道様が輝く空の下、繰り広げられるストーリーだ。
そのことを、舞はまったく考えていなかった。
「私ってば、なんておバカさんだったのかしら。テツヤ君はやっぱり私達とはスケールの大きさが違ったのよ」
どういうことかというと、つまり私達が思っている空は地球規模の空のこと。
でも、テツヤ君が考えている空は宇宙規模の空なのよ!
さすがテツヤ君って感じよね。
不器用な手つきながらも、順調に青色から黒色へと塗り直していく。黒は青よりも濃い色なので修正するのは容易かった。
空を塗る作業がようやく終わった。それでもこれだけで終わりではない。すぐに野原の色にかからなくてはいけない。さっきの様子だと、今日のうちにそこまではしないと紗智は家に帰らせてくれないだろう。
青も黒も使ったお陰で、水入れの水がかなり汚れてしまった。さすがに水を替えにいかないといけない。
舞は水入れに筆を入れると手洗い場へと向かった。すぐに汚れを落として新しい水に変える。
その時、誰かが舞に声をかけた。
「舞、もしかしてもう終わったの?」
声がした方を見てみると、紗智が座った目で舞を見ていた。
これってば、絶対に私のことを疑っているよ。
「さすがにまだ終わっていないよ。空が塗り終えたから、新しい水に変えに来ただけ。決してサボろうとはしていないから」
「本当なのかしらね?」
「もう、そんなに疑わないでってば。なんだったら見に来てよ。結構いい感じに進んでいるんだ」
言っても信用してくれないのなら、見せるしかない。作業場はすぐ近くだし、その方が手っ取り早くもあるのだ。
それに私も、大傑作になりそうだから誰かに見て欲しかったのよね!
「まぁ、舞がそう言うのならね。というか私も、そろそろあんたの様子を見に行こうと思っていたから、それでいいわよ」
紗智が了承したので、舞は紗智を連れて作業場に戻った。
「どう、私の大傑作。もしかして私ってば、芸術の才能があるんじゃないかしらね。ねぇ、さっちゃんもそう思うでしょ?」
得意げに紗智に同意を求めたが、紗智からの返答は無い。
あれ、どうしたんだろ?
不思議に思って紗智を見てみると、彼女は硬直していた。
ははぁ、わかった。あまりの素晴らしい出来栄えに感動してくれているのね。
ま、そりゃ、そうよね。塗った本人の私でさえ、あまりの素晴らしさに心躍ってくるくらいなんだもの。
「…何よ、これ」
紗智の声は凄く低かった。
「背景に使う空に決まっているじゃない。さっちゃんってば、自分が描いた絵も忘れちゃったの?」
「これが空ですって。これの、どーこーが、空なのよ。私が下書きした時間が台無しになったじゃない。どうしてくれるのよ!」
あまりの怒りで般若と化している紗智を前にしても舞は動じなかった。それどころか可笑しそうだ。
「やっぱりさっちゃんには、この芸術的な空が理解できなかったか。まったく…友達として情けないわよ。フゥッ~」
舞の人を小馬鹿にした様子に、紗智の怒りが頂点に達した。
「何が芸術的よ。あんたに色塗りを任せた私が馬鹿だったわ。もう今後一切、文化祭の準備はしなくていいから。私の前に顔を見せないで。さぁ、さぁ、一刻も早くここから消えて!」
こ、これって、さすがにヤバイ?
「や、やだなぁ、さっちゃん。そんなに怒ったら、愛らしいお顔が台無しよ。ハハ…」
「うるさい、さっさと帰れ!」
紗智の剣幕に、舞は慌てて教室へ逃げ帰った。
「な、なんなのよぉ。あんなに怒ることじゃないのにぃ」
紗智に怒鳴られても、舞には反省の欠片も無かった。それどころか理不尽な怒りを受けて不満を感じている。
でも、まぁ、仕方がないか。さっちゃんは短気だもの。しかも怒ったら、なかなか怒りが取れないんだから。あんな状態になってしまうと私の方が折れるしかないのよ。
もう少しテツヤ君を見ておきたかったけど、今日はもう帰ろう。
入学式から大分経つけど、テツヤ君が女子に話しかけているところなんてこれまで見たことが無かったわ。女子の方から話しかけても、一言二言くらいで終わっていたと思う。
そんな彼が、なんと私に話しかけてくれたのよ!
嘘じゃないわ、本当よ。さっきまで彼が、私のすぐ後ろ。そう、ここ、ここに立っていたのよ!
それなのに私ってば、もう!
舞は自分を責めまくっていたが、川崎がさっき言ったことを思い出して首を傾げた。
それにしてもテツヤ君って、なんであんな言葉を言ったのかしら?
私に声をかけたかったにしても、もっと違う言葉があったはずよ。ほら、たとえば『色塗り、大変だね』とか。『文化祭、ワクワクするね』とか。
それなのに『空が青い』って…ねぇ?
テツヤ君もおかしな人ね。空が青いのは当たり前じゃない。空が緑やピンクだったら怖いわよ。
もしかしなくてもテツヤ君って、青色が嫌いなのかしら。
こんなに美しい色なのに…
舞は自分と川崎の好みが違うと勝手に判断し、少し不満だった。自分と好きな人の好みは同じでなくてはいけないといった、妙な考えを持っていたのだ。
実際のところは、川崎にとっても青色は嫌いな色ではなく、むしろ好きな方なのだが…
そうとは知らない舞は、作業の手を止めて考え込んだ。
テツヤ君の好きな色って、何色なのかしら。
もしかして緑色?
でも、緑色なんて空に使ったらダメでしょう。地面にも使う予定なんだから、背景が草だらけになってしまうわ。虫も湧き放題じゃない。
じゃあ、黄土色とか?
いやいや、それこそ地面が上にもあっておかしくなってしまうわ。観客の皆様も混乱してしまうわよ。
ということは、赤?
あらいやだ、赤もカッコイイんだけど、ホラー映画じゃないんだから血が滴り落ちるような感じになってもダメでしょ。
だったら黄色ね!
あら、金の部屋みたいで素敵…じゃない、じゃない。どこかの王族じゃないんだから、そんな部屋は無縁でしょ!
空の色を川崎の好むものにしたいのに、彼の好きそうな色と空の色がなかなか合わない。
それでも舞は熱心に考え込んだ。
その甲斐があったのか、しばらくした後、ようやくそれに該当する色を思いついた。
早速、絵の具セットに手を伸ばしてその色を選び取る。
舞が手にした色は黒だった。
確かに空の色には黒を使ったものもある。いってみれば夜空だったら黒を使っても何もおかしくはない。
それでも舞達5組がすることになっている劇は『オオカミと七匹の子ヤギ』のコメディ。内容は原作とはかけ離れているが、それでも夜の場面は一切無い。燦燦とお天道様が輝く空の下、繰り広げられるストーリーだ。
そのことを、舞はまったく考えていなかった。
「私ってば、なんておバカさんだったのかしら。テツヤ君はやっぱり私達とはスケールの大きさが違ったのよ」
どういうことかというと、つまり私達が思っている空は地球規模の空のこと。
でも、テツヤ君が考えている空は宇宙規模の空なのよ!
さすがテツヤ君って感じよね。
不器用な手つきながらも、順調に青色から黒色へと塗り直していく。黒は青よりも濃い色なので修正するのは容易かった。
空を塗る作業がようやく終わった。それでもこれだけで終わりではない。すぐに野原の色にかからなくてはいけない。さっきの様子だと、今日のうちにそこまではしないと紗智は家に帰らせてくれないだろう。
青も黒も使ったお陰で、水入れの水がかなり汚れてしまった。さすがに水を替えにいかないといけない。
舞は水入れに筆を入れると手洗い場へと向かった。すぐに汚れを落として新しい水に変える。
その時、誰かが舞に声をかけた。
「舞、もしかしてもう終わったの?」
声がした方を見てみると、紗智が座った目で舞を見ていた。
これってば、絶対に私のことを疑っているよ。
「さすがにまだ終わっていないよ。空が塗り終えたから、新しい水に変えに来ただけ。決してサボろうとはしていないから」
「本当なのかしらね?」
「もう、そんなに疑わないでってば。なんだったら見に来てよ。結構いい感じに進んでいるんだ」
言っても信用してくれないのなら、見せるしかない。作業場はすぐ近くだし、その方が手っ取り早くもあるのだ。
それに私も、大傑作になりそうだから誰かに見て欲しかったのよね!
「まぁ、舞がそう言うのならね。というか私も、そろそろあんたの様子を見に行こうと思っていたから、それでいいわよ」
紗智が了承したので、舞は紗智を連れて作業場に戻った。
「どう、私の大傑作。もしかして私ってば、芸術の才能があるんじゃないかしらね。ねぇ、さっちゃんもそう思うでしょ?」
得意げに紗智に同意を求めたが、紗智からの返答は無い。
あれ、どうしたんだろ?
不思議に思って紗智を見てみると、彼女は硬直していた。
ははぁ、わかった。あまりの素晴らしい出来栄えに感動してくれているのね。
ま、そりゃ、そうよね。塗った本人の私でさえ、あまりの素晴らしさに心躍ってくるくらいなんだもの。
「…何よ、これ」
紗智の声は凄く低かった。
「背景に使う空に決まっているじゃない。さっちゃんってば、自分が描いた絵も忘れちゃったの?」
「これが空ですって。これの、どーこーが、空なのよ。私が下書きした時間が台無しになったじゃない。どうしてくれるのよ!」
あまりの怒りで般若と化している紗智を前にしても舞は動じなかった。それどころか可笑しそうだ。
「やっぱりさっちゃんには、この芸術的な空が理解できなかったか。まったく…友達として情けないわよ。フゥッ~」
舞の人を小馬鹿にした様子に、紗智の怒りが頂点に達した。
「何が芸術的よ。あんたに色塗りを任せた私が馬鹿だったわ。もう今後一切、文化祭の準備はしなくていいから。私の前に顔を見せないで。さぁ、さぁ、一刻も早くここから消えて!」
こ、これって、さすがにヤバイ?
「や、やだなぁ、さっちゃん。そんなに怒ったら、愛らしいお顔が台無しよ。ハハ…」
「うるさい、さっさと帰れ!」
紗智の剣幕に、舞は慌てて教室へ逃げ帰った。
「な、なんなのよぉ。あんなに怒ることじゃないのにぃ」
紗智に怒鳴られても、舞には反省の欠片も無かった。それどころか理不尽な怒りを受けて不満を感じている。
でも、まぁ、仕方がないか。さっちゃんは短気だもの。しかも怒ったら、なかなか怒りが取れないんだから。あんな状態になってしまうと私の方が折れるしかないのよ。
もう少しテツヤ君を見ておきたかったけど、今日はもう帰ろう。