その日の放課後、中葉が心配しながら舞に訊いてきた。

「どうしたの、舞。目が真っ赤になっているよ。何か悲しいことでもあったのか?」

 いやだわ、6時間目の1時間だけでは元に戻らなかったのかしら。

 こんな顔、中葉君には見られたくなかったのに。

 とにかく響ちゃんの為にも、ここは絶対に誤魔化すわよ。

「なんでもないのよ。実はさっき目にゴミが入っちゃってなかなか取れなかったの。だから目が真っ赤になっているのね」

「なんだ、そうだったのか。オレはてっきり昨日のことで泣いていたのかと思ったよ。昨日は本当にごめんな」

「…中葉君」

 やっぱり、や・さ・し・い・人。

「いいのよ、あの時は私も弱かったし、お互い様っていうことにしておきましょ」

「ありがとう。やっぱり舞は優しいな」

 いいえ、中葉君。だからあなた程ではないのよ。

 2人のやり取りはいつものことだけど、やはりここに長居はしたくない。後ろの席で2人のやり取りを見ていた響歌は、帰る準備を始めた。

 さっさとここから退散することにしたのだが、中葉がそんな響歌を止めた。

「あっ、響ちゃん。ちょっと待って」

 響歌が怪訝そうに中葉を見た。

 響歌の視線の先で、中葉が自分の鞄の中から何かを取り出した。どうやらレポート用紙のようだ。

 また…レポート用紙。

 響歌の脳裏に、先日の橋本家のことが思い浮かぶ。

 中葉の手にあるレポート用紙には文章がぎっしり書かれてあるようだった。そんなところも先日と一緒だ。こんなデジタル化の世の中で、男2人にぎっしりと文章を書かれているのだ。レポート用紙もさぞ本望だろう。レポート用紙に生まれてきたかいがあるというものだ。

 だからといってそのレポート用紙が、私にいったいなんの用があるっていうのよ!

 まさかそれって、橋本君のものなんじゃないでしょうね?

 フと思ったことだったが、それはとても有り得そうなことだった。

「響ちゃん、これ、昨日のオレ達の初デートをまとめたものなんだ。せっかくだから響ちゃんも読んでみて」

 唖然とする響歌の手に、中葉が強引にレポート用紙を渡した。

 レポート用紙は十枚くらいありそうだった。しかもやはりぎっしり書かれてある。これは橋本のレポート以上だ。これだけのものを1日で書き上げたというのだろうか。

「な、中葉君。それ…は?」

 舞も今初めて知ったのか、驚いている。

「あの後、寝ないで書いたんだ。お陰で、今日は眠たくて仕方がないよ。でも、覚えているうちに紙面上に残しておきたかったからね。さっきまで松村さんにも読んでもらっていたんだ」

 この瞬間、舞と響歌の動きが止まった。

 これ…を?

 凄く詳細に書いてありそうな、このレポートを、松村さんにも見せた?

「それって、いったいどういうことなの。しかも松村さんにも見せたって…」

 舞の身体が怒りで震えているが、中葉はまったくそれに気づかずに得意そうだ。

「あぁ、補導は残念だったけど、この調子で頑張ってと言われたよ」

「松村さんって、そもそもあなた達とは関係ない人じゃない。それなのに見せたんだ。で、私にも見せてくれるわけ?」

 響歌の言葉に、中葉は当然のように返す。

「当たり前じゃないか。だから交換日記じゃなくてレポート用紙に書いたんだ。響ちゃんや松村さんはオレの恋愛の師匠みたいなものだからね。そうだ、なんだったら河合さん達にも見せてあげてもいいよ。ほら、舞はオレと一緒に女子休養室に行こう」

 舞はまだ震えていたが、中葉はやはりそんな舞に気づくことなく、舞の腕を引っ張って響しつから出て行った。

 教室に取り残された響歌は、レポート用紙の束を手に途方に暮れた。

 これ、どうしよう。

 でも、せっかく中葉君が書いたのだし、いったいどれだけ詳しく書かれているのか調べた方がいいわよね。

 読んでいると目が疲れそうなくらい書いてあるが、仕方がない。

 響歌は椅子に座り直すと、気合を入れて読むことにした。